フランスあれこれ(5)黒い腕章で結婚式

50年ほど前のフランスでの話です。パリ駐在でしたが同僚の秘書が結婚することになり、ある週末彼女の結婚式に招かれました。多分5月の初めころの季節だったかと思います、美人の花嫁にふさわしい明るく緑豊かで実に爽やかな絶好のお日柄でした。家族や友人30名くらいだったでしょうか、10時頃郊外の小さな教会で挙式、その別棟の部屋で昼食を賑やかに頂きました。お父さんからの挨拶と友人からの花束程度で特別の祝辞や形式ばったこともなく、各自ばらばらのワインの乾杯で食事をしました。

どこからともなく楽器のリズムが聞こえてきました。一人また二人と庭に出ていきます。花嫁も誘われて庭に。自然と踊りだす人がいて、それにつられてそれぞれ適当なカップルを作りながらダンスが始まりました。勝手バラバラながら多くの人が庭に出た頃、今度は賑やかな音楽に変わりました。途端に皆が手を取り合ってフォークダンスとなりました。全員が手を取り合って足を上げ、一回転して前進、挨拶をして後退、再び手を取って・・・といった具合です。

花嫁が私と手を取り合う隣になったとき、私が彼女に改めて「おめでとう」と祝福、同時に気になっていた質問を投げかけました。それは先ほどから気になっていたことですが、一人の古老の紳士が左腕に黒い腕章をしていたことでした。咄嗟に花嫁は大声で「ポール!ちょっと来て!」とその紳士を呼び、私を紹介、「叔父さんムッシュウ アヅマに叔父さんの腕章について説明してあげて」と言って二人をダンスから外しました。

そこで彼曰く、「先の大戦の無二の親友が昨夜亡くなりました。突然でした。知らせを受けてすぐにも飛んでいくべきかとも思いましたが、今日は大事な姪っ子の結婚式、外す訳にも行きません。彼とは東部の前線で同じ塹壕に入り、生死を共にした戦友でした。でも彼とは十分なほど同じ時間を過ごしています。私より一足早く彼は神に召されました。今日姪っ子は神の祝福を得て一世一代の結婚式です。彼も許してくれるでしょう。遠からず彼とは会えるでしょうが、姪っ子の結婚式は今回だけでしょう。私は人間生きている間のお付き合いを大事にしたいです。それでも私は今日一日親友を忍んで喪に服します。」ここで彼の瞼に白いものが光りました。

「人間生きている間のお付き合い」肝に銘じた一瞬でした。しかし日本に帰って後、私の仕事の机の引き出しにはいつも黒いネクタイと腕章が入っていました。得意先とはいえ、そのご家族などの訃報が届けばお通夜やご葬儀にどれだけ駆け付けたことやら。

数年後私の弟が急逝しました。最後まで激励を続けながら病院通いをしました。もう駄目だという話を耳にしながら海外出張に出ました。すぐに訃報が追いかけてきました。弟の葬儀には出席出来ませんでしたが、その日一日は黒い腕章をポケットに忍ばせました。

東 孝昭

    フランスあれこれ(5)黒い腕章で結婚式” に対して1件のコメントがあります。

    1. YamaneAkio より:

      心打たれるお話です。人それぞれの想いがありながらも、共通する心のありように国境はありません。

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