笑説「ハイムのひろば」3~ログイン不能

3 ログイン不能

「西さん、真っ白状態は直ったけど、今度は、管理画面に入れません!これでは記事の書き込みができません!」

と、また宮下からの連絡だ。それは西野に強烈な追い打ちをかけた。そこそこの難題を短時間で解決できたことに充実感を感じていた西野は、「ログインできない!」という言葉に大きなショックを受けた。電車の中で安堵に浸っている場合ではない。

事態は始まったばかりで、何も解決できていないのだ。ホームページを外から見ただけでは何も変わらない状態だが、舞台裏ではまだまだ難題が残っていることに西野は少したじろいだ。それでも、宮下に余計な不安を与えたくなかったので、「帰ったら、何とかしますからしばらく待ってください」と気丈に答えた。

ホームページに何か異変がある時それにいち早く気づくのは、いつも宮下だ。メインサイトである「ハイムのひろば」への原稿の掲載は、数人のスタッフが交代で行っている。「蝶図鑑」については蝶に詳しい宮下ともう一人の担当とたった二人だけで投稿している。「緑の委員会」にいたっては、植物にも詳しい知識を持つ宮下がたった一人で記事を投稿しているのだ。

この宮下という人物の才能はさらに幅広く、あまり周りで聞いたことのない「漆芸」つまり、漆を用いた工芸という趣味を持っている。「美術館」にはその作品を提示しているし、「文芸館」にももちろんたくさんの記事を連載し続けている。多才であるが故に、彼はとても忙しいのである。毎日、多くの姉妹サイトのどれかの画面を開いて見ている。だから異変に直ぐ気がつく。

因みに、「蝶図鑑」は、「ひろば」がオープンして丁度1年後、昨年4月末に開設した。以前、宮下からハイムには蝶にとても詳しい松田隆という人がいると聞いていた西野は、いつか子供たちのために「蝶図鑑」を作りたいと思っていた。紹介されて松田に会ってみるとさして変わらぬ年恰好ながら、今でも純粋な少年の心を持つ人物で、早速一緒にやりましょうと意気投合し実現したものである。

その二人の思いのこもった「蝶図鑑」にログインできなくなった。同じ問題が起こった3つのサイトのうち、「クイズひろば」は自分の企画で一人で作ったものであるからどうにかなってもまあ気が楽だ。しかし、「蝶図鑑」はこの企画を最初に出したのは西野であり、二人に頼んで協力してもらったという経緯があるので早く何とか修復してあげないと申し訳ないという気持ちが強い。

サイト全体の構成からすると、やはり「ひろば」が最も複雑でデータ量も半端なく多い。よく言えば内容が充実していると言えるが、悪く言うといろいろと詰まり過ぎている。その点、開設後2年弱になる「ひろば」に対し「蝶図鑑」は1年、「クイズひろば」はまだ半年ということで比較的身軽だと言える。

この時、西野の頭の中で修復の仕方が分かっていたわけではないが、唯一経験のあるデータ移行に考えが及ぶと身軽な方が早く収拾できるという予感のようなものがあった。(そう、お姫様抱っこでも軽い方がいいからね!なんのこっちゃ!)まず簡単な方から試してうまくいったら複雑な方をやろうと決めた。メインであることを理由に複雑な「ひろば」から始めると時間がかかり待つ身の辛さが増すからだ。

病院での診察が終わり帰りの電車に揺られながら、帰宅後の修復の進め方をシミュレーションしてみたが、的確な答えは見つからない。昨日サーバーに送った問い合わせに対する返事はいつ来るだろうか。そしてその内容は的を射たものであるだろうか。このまま長期間に亘ってもし復旧できなかったらどうしよう。みんなに申し訳ないことになる。と、悪い結果ばかりが浮かんでは消え、浮かんでは消えした。

20年以上ホームページ作りを経験してきた中で、問題が起きて困ったことはもちろんあるが、破滅的なトラブルは一度もなかった。どちらかというと楽しいことの方が多かった。初めて作った旅行記サイト「コッツウォルズの歩き方」は旅行雑誌に紹介されたし、サラリーマン向けのサイトもビジネス雑誌に紹介された。いつぞやは、コンテストに応募して優秀作品となり高価なソフトやビジネスバッグをもらったこともある。「豚もおだてりゃ木に登る」で、そうやって雑誌などでの評価に自信がついて益々のめり込んでいった。

だが、今回の件だけは今までの経験ではどうしようもないほど大きな問題が潜んでいるように感じる。ふと、自信が揺らぐ。弱気になる。たかがホームページのことでそんなに悩むことはない。もともとなかったと思えば済んでしまうのでは。いや、果たしてそうだろうか。準備段階からするとこのグループ活動はもう3年以上になる。出来上がった時の、喜んでくれた仲間のあの笑顔が消えるのか。

この3年間の出来事が走馬灯のように頭の中をよぎった。うつ向いてばかりいてもしようがない、みんなを不安にするだけだ。前を向いて何とかなるさと明るく振舞わないといけない。まあ、ごちゃごちゃ考えていてもしょうがない。なるようにしかならないのだ。心の中で、二人の自分が戦っている。前向きで明るく積極的な自分と後ろ向きで暗く消極的な自分。

複雑な思いに翻弄されながら家路を急いだ。さて、明日はどちらの自分が顔を出すのだろうか。

~つづく~

(蓬城 新)

 

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