シンゴ旅日記 特別寄稿  帰国者のボヤキ(その3)の巻

ジャカルタから成田に到着してPCR 検査などの手続きをしてホテルへ送ってもらう帰国者専用バスを待ってたとこから始めますわ。

時刻は夜の7時半を過ぎてましたわ。ちゅうのは飛行機が成田に着陸したんが 3 時半、機内で1時間待って、PCR 検査の結果待ちが2時間でそれが終わって預けた荷物を取りに行ったんが6時半でしたわ。そんで税関を通り宅急便や銀行のATM に行ったりで1時間かかってバス停に行きましたんで 7 時半となったんですわ。

帰国者専用バスの案内板は暗い隅に置いてありましたんでしっかり見て探さんとわかりませんでしたわ。案内板には時刻表やのうて朝の9 時15 分から夜11 時15 分までが運行時間で1時間置きに出るゆうて書いてありましたわ。

そんできっとバスは毎時 15 分に空港を出るんで 7 時 15 分のバスに乗り遅れたんやと思いましたわ。そうすると次は8時15分やと思うて空港の中に入ってイスに座ってバスを待つことにしましたんや。

寒かったんですわ空港の外は、私はTシャツとジャケットだけやったさかいな。その日の東京は11 月中旬の温度やったとホテルに着いてから見たニュースで言ってましたわ。それに台風が日本に近づいておりましたんで小雨も降ってましたわ。

スマホのバッテリーが8%になって赤色になってましたんで休憩場所の壁の下の方にあったコンセントから自分の充電器を使って充電させてもらいましたわ。8時過ぎにバス停に戻ってきますとバスを待つ人は私を入れて3人だけでしたわ。

ちょっと待つと帰国者用専用バスが来て前の入り口のドアが開いたんで私がドアの外から運転手さんに「乗っていいですか」と聞くと「まだです」と運転手さんは席に座ったまんま手元に持ったボードに何か書き込みながらこっちを向かんと愛想のう言わはったんですわ。

やっぱ関東の人の言葉は冷た いなあと感じましたわ。私は「まだ乗ったらアカンのやったらドアを開けんでもええやないか、閉めた まんまにしといたらどないや」とボヤきたかったんですが言えませんでしたわ。きっと寒さと暗いところでバスを待っておったしお腹が空いてたんで温厚な私でもイライラしてたんやろね。

そして運転手さんが手に紙を挟んだボードを持って降りてきて3人にどこのホテルに行くんか聞かはって3人の荷物をバスの横腹にある荷物入れに入れてくれましたんや。私は荷物を運転手さんに渡した後に「もう乗っていいですか」と聞きますとね「どうぞ」とまたそっけない言葉でしたわ。ついでに私が「(私の 泊まる)〇〇ホテルはバスに乗って最後のほうですか?」と聞くと「そうです、最後から2番目かな」 と答えてくれはったんですわ。

バスに乗り込みますとすでに4人ほどの人が乗ってはりましたわ。バ スが出発すると何回か止まり人が降りその都度運転手さんは席を立っては外に降りて荷物を車体の横腹から出してまたバスに戻ってきて運転してはりましたわ。空港を出て15分くらいしてからやろか私の泊まるホテルの近くに着きましたんや、お客さんはまだ一人残っておりましたわ。運転手さんはやっぱりパスを降りて車体の横腹の荷物入れから私のトランクを出してくれましたんや。親切でんな日本のバスの運転手さんは。運転して、車内アナウンスをして、荷物を入れたり出したりして、行先を教えてくれたりと一人で何人もの仕事をこなすんですわ。工場でいう多機能工ですわな。日本の文化ですわ、よその国では考えられへんことですわ。

その運転手さんに私は「ホテルにはどっちの方向に歩いていくのですか」聞くと「ここをまっすぐ行ってあそこを右に回って左側にあるよ」と簡単に教えてくれはったんです。けど私には初めてのところやさかいようわかりませんでしたんや。ええ  わスマホで調べればわかるやろなと思って運転手さんには「ありがとうございました」とお礼を言いま  したんや。

降りたとこのすぐ近くにコンビニがありましたんでホテルにチェックインしたらすぐに弁当とお酒を買いに来ようと心がはやりましたわ。はよう日本の弁当を食べたかったんですわ。ホテルまではちょっとした坂道を上って行かなあきませんでした。小雨が降り始め坂をすべらんように上るの はちょっとしんどかったでっせ。駅の周りには多くのホテルやマンションが立ち並んでいましたわ。

ホテルはビジネスホテルでしたんや。中に入ると透明なプラスチックで仕切ったカウンターが2つあってひとつの方でホテルマンが先客と話してましたわ。私はソーシャルディスタンスを守り先客の後ろに離れて立って順番を待ちましたんや。そうしてましたらもう一人ホテルマンが外から戻ってきてカウンターのなかに入って私にどうぞと言わはったんで私はチェックインの手続きを始めましたんや。

ホテルには会社から予約を入れてましたけどホテルマンは私に「どこから来たのですかそのあとどこへ行かれますか」とゴーギャンの有名な絵の題みたいなことを言わはりましたわ。そして私が帰国 者であることを確認すると「連泊のお客様へのお願いと案内」と書いた一枚の紙を渡してくれてその説明を始めましたんや。

仕事で長期に滞在する人を対象とするんで「連泊」と書いてはあるんですが、これは帰国者を対象にしたもんやと思いましたわ。なぜかちゅうとねその内容が次の通りやったからですわ。

〇朝食付きですがレストランの食事はご遠慮いただいております。お部屋までお待ちします。

書いてある言葉は丁寧ですけど「帰国者は人と接触してはアカン」ちゅうことですわな。けどポジティブに考えればこれはルームサービスですわ。私は海外の出張でもホテルのルームサービスを取ったことがおませんでしたさかい初体験になるんで嬉しかったですわ。けどあとで部屋に行くときに乗 ったエレベーターの中には「朝食はレストランでおいしい食事をどうぞ」いう写真付きのポスターが貼ってありましたけどな。それにビジネスホテルでルームサービスはあまりお目にかかれませんわな。

〇毎朝アの前にタオル、歯ブラシのなどのアメニティの入ったセッを置かせていただきます。

「シーツ・枕カバーの交換もご自身でお願いしております」とも書いてありましたんや。私は今までサービスアパートに住んでましたんでシーツの取り替えを自分でしたことはおまへんのですわ。そんで だんだんと自分が人と接触してはあかん ET みたいな存在になったようで淋しくなったんですわ。せっかく久しぶりに日本に帰ってきたのに人と接触できんのはむなしいなあと思いましたわ。

〇その中にはビニール袋が三枚用意しています。使用済のタオルやガウンはその袋に入れて縛ってからアの前にお出しくださいませ。

これまた「帰国者はホテルの清掃スタッフとも接触してはアカン」ちゅうことですわな。さらにわびしくなりましたんや。シーツや枕カバーを自分替えるんやったらその分の料金は安うなっとるんやろか。

アメニテー類とリ類は別々の袋入れ、ドア置いて頂きまようお願いしま

「清掃スタッフはお部屋への入室を控えさせていただきますので、ご滞在中の客室清掃はお受けできません」とも書いてありましたわ。15 日間私は掃除をしない部屋で過ごすのですわ。バスタブもトイレも自分で掃除せなあきませんわ。けどこれは禅宗のお寺の修業コースだと覚悟しましたわ。

〇外出はなるべくお控えいただくようお願い致します。(万が一外出する際は必ずマスクの着用をお願いします。)

なるべく控えるってどのくらいの頻度なんやろ。私は PCR 検査が陰性やったんでっせ、ある国の大統領なんか陽性で入院したのに一週間もたたへんうちに人前に出てきてますやないか。だいたいやがねぇ、待機生活の二週間が終わってから PCR 検査もラピッドテストもないっちゅうのはおかしいんとちゃいまっか。そんなんもう一回チェックして陰性であることを確認してから人前に出れるように せなアカンと思いまっせ。ちゃいまっか、ねぇ、責任者出て来い。「ほんまに来はったらどうしますんや。」「謝りますわ。」「なんて?」「ゴメンちゃい。」なんや人生幸朗生恵幸子のボヤキ漫才やがな。

結果判明後について(厚生労働省Q&A より)

Q 陰性の結果が判明した後は自由に行動ができるのですか

A 入国した次の日から起算して 14 日間は、事前に申告いただいたご自宅又はご自身で確保したホテル等にて待機していただきます。その際、自宅・ホテル等の待機場所からの外出や、公共交通機関(不特定多数が利用する電車、バス、タクシー、国内線の飛行機、旅客船など)を使用しないでください。

※待機宿泊時の食事は、デリバリーサービスなどのご利用が推奨されております。

私の同僚でインドに長期出張しておったんが一週間前にやっと帰国できましてな羽田のビジネスホテルでの待機生活に入ってましたんや。彼からは朝食はレストランで取れるけど昼と夜はコンビニで弁当を買って食べてると連絡をうけてましたわ。そして近くに見える東京タワーの写真を送ってくれてましたんや。私は会社からホテルの名前を連絡してきた時にネットでその場所を調べてホテルが 成田山新勝寺に歩いて行ける距離にあることを知りましたんや。そんでチェックインする時にホテル マンに「新勝寺には散歩に行けますよね?」と念のために聞いてみたんですわ。すると「行くのでしたらひと気のない夜か早朝に行ってください」と冷たく言われましたわ。これまた帰国者は感染の可能性があるから人と接触をしてはアカンということですわな。

そして私が「洗濯ものを出すことができますね」と聞くと「ちょっと待ってください」とゆうて隣のカウンターの人と小声で耳打ちしだしましたん や。そして耳打ちされたホテルマンが「業者が受け付けてくれません。洗濯はホテルの〇階にある コインランドリーでしてください。百円玉5枚でできます。」と言わはったんですわ。チカランではサー ビスアパートやったんで自分で洗濯をしたことがおませんでしたわ。こりゃまた面倒やなと思いました わ。

私が「洗剤は自分で買って来るのですか?」と聞くと「洗剤は入れなくても自動で出てきます」とのことでしたわ。そのやり取りを引き次いで最初のホテルマンが「洗濯はできるだけ昼間のお客さんがいないときにしてください」と言わはったんですわ。なんやなんや私は完全にコロナ感染者として扱われているのかと思いましたわ。私が不服そうな顔をしていたからか「外食はできませんがホテルの周りにデリバリーのできるお店がありますので取り寄せることができます」との説明がありましたわ。

平安時代の 939 年に関東の武将・平将門が新皇と名乗り朝廷と敵対し乱が勃発しました。朱雀天皇の勅命を受けた寛朝大僧正は弘法大師空海みずからが敬刻開眼した不動明王を捧持して京の都を出発し成田の地にて御護摩祈祷を行い結願の日に平将門が敗北して関東の地に再び平和が訪れました。寛朝大僧正が都へ帰ろうとしたところ御尊像が磐石のごとく動かず、この地に留まるよう告げここに成田山新勝寺が開山されたのです。(新勝寺のHP から抜粋)

私が受け付けをしている間に隣のカウンターに新しいお客さんが来ましたんや。日本の隣の大きな国から来た人のようでしたわ。対応したホテルマンが「予約されてるお名前は何ですか」とか「パスポートを見せてください」とか「どこの代理店を通じて予約しました」と聞いてましたわ。

その若い旅人はカタコトの日本語で答えていましたが結局予約をしていなかったようですわ。するとホテルマンが「予約がないと泊まれません。部屋がないのです。」とはっきりと答えたんでその旅人はあき らめてホテルを出ていきましたんや。そらあホンマに部屋がなかったらしょうがおませんわな。きっと旅人はダメ元で来たんでしょうな。

そんなんで私はホテルマンから説明を聞き終えて 15  日間の宿泊代金を前払いして部屋のキィーを受け取って部屋に入りましたんや。日本のビジネスホテルですやろ狭いのは仕方おまへんで、覚悟はしてましたわ。思った通り机とイスとベッドがあってバス・トイレ・洗面台付きのユニットバスだけですわ。私は荷物を部屋に置いてからホテルを出てさっきバスから降りたとこのコンビニに向 かいましたんや。外は暗く小雨が降っていましたわ。けど日本のコンビニで物が買えると思うと小雨も気なりませんでしたわ。日本のコンビニは本当にええですわ。味噌汁、とん汁、しじみ汁、なめこ汁、長ネギ汁などいろんな汁物があっていろんな種類の弁当がありますもんね。一番うれしいのはお酒の値段がインドネシアより  メチャクチャに安いことですわ。五分の一くらいとちゃいまっか。ワ イン(375ml)とウィスキー(180ml)とソーダを買っても二千円し ませんでしたで、ちょっと信じられませんわ。私の住んでいたチカ ランで最近密造酒を飲んだ日本人が死亡したニュースがありましたんや。

安いお酒に手を出したんですわ。私にもその気持ちはよくわかりますで。そやから他人事やおませんでしたわ。

私はお酒類のほかにコンビニ弁当ととん汁を買うてさらにペットボトルのお茶とオ ニギリも二個買いましたわ。鼻水が止まらなかったんで風邪薬をさがしたんですが置いていませんでしたわ。そんで薬は翌日に買いに行こうと決めて勘定をすませましたんや。レジでは袋が要りますかと聞かれましたで袋は有料なんやね。インドネシアではマイバッグですけどな。

そしてルンルン気 分でこれまた暗くて小雨ふる寒い中をホテルに戻りましたんや。

お腹が空いてましたけど弁当を食べる前にスマホをホテルの Wi―Fi  に接続したんですわ。そしたらラインがドドッーと入ってきましたわ。

空港でPCR   検査の結果待ちの時に友人や家族に打ったラインの返事ですわ。そんで私は食事するのを後にしてみんなにまるで罪人扱いや収容所生活やとボヤキを書き込んで送りましたんや。

すると中には「コンビニへの外出が許可されとるんやったら遠くのとこに行ってもコンビニに行って来  たといえるわな。ほならついでにデズニ―シーにでも行って気晴らししたらどうや」というのもありましたんや。そんで私は冷静に「公共の交通機関に乗れないのです。」と返事をすると「そうなんや」との返事がありましたわ。

そして嬉しかったのはその日の朝別れたばかりの会社の運転手さんからのラインですわ。私がいなくなって淋しいとちゅうラインですわ。私は彼に沢山の思い出をくれてありがとうと返事しましたわ。ラインへの書き込みがひと段落したんで食事をすませました。チカランでも部屋で一人の食事をすることがありましたけどビジネスホテルで三方を壁に囲まれた狭い部屋で一人で食事するのは侘しいものでんな。飲もうと思って買ったウィスキーとワインでしたが風邪気味だったので結局飲めませんでしたわ。

その晩はマッチ箱のような浴槽に体を沈めて、チカランのアパートの大浴場をなつかしがりながら体を温めそのままベッドに入り明日からの15日間の監獄生活、ちゃう待機生活をどうやって楽しもうか 考えながら眠りにつきましたわ。今日はここまでにしますわ。

この次は待機生活初日の生活をお話ししますわ。大変でっせ。帰国者の待機生活。家族に迎えに来てもらって家に帰った方がよかったかしらね。コロナ対応のハイヤーもあるってネットに書いてありましたわ。けど愛知県まで14万円と か15万円かかるんですわ。そしたらホテルの方が安いんですわ。

それに同年配の友人がゆうとったったけど近所の手前ホテルで待機生活して頂戴って家族から言われたそうでっせ。きっとうちの   嫁さんそうは言わんとおもいますわ。けど今まで帰国して家で私がトイレで用を足すたんびにすぐに トイレに入ってシューシューとトイレを掃除してたよってに昔から私は病原菌みたいに思われてましたんやと思いますわ。

そやけど、さっきも言いましたけど待機生活を2週間したあとになんも検査せ んと家に帰ってええちゅうのはどんなもんやろかな。検疫の専門家さん、それはワン・ハンド・ドロップ、片手落ちとゆうもんとちゃいまっか。

(その4に続く)

丹羽慎吾

    コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です