散歩しながら考えるの巻 ジャムゥ (2017年2月記)

ジャムゥ(JAMU)とは、インドネシアに自生している植物の実や皮、葉、根、木の皮などを原料にした古来から伝わるハーブ薬のことです。

散歩を始めて間もないころ、背中に籠を背負いジャムゥを売り歩いている女の人にであいましたので、写真を撮らせてもらいました。

ふた月ほどして、朝の散歩中に同じ女の人に出会いました。どちらも土曜日の朝でした。

その時は彼女が一軒の家の前にある花壇の橋に腰を下ろし、籠を脇に置いてお家の人と何やら話し込んでいまいした。

それで、私は近づいて行って二人の会話に入り込み籠の中のものをじっくりと見せてもらいました。

プラスチック容器に入った液体以外に、薬局で売っている袋入りの粉末薬も見せてもらいました。

それらは女性用の痩せる薬とか健康を維持するものが多かったです。

ジャムゥの起源は古く、紀元前1200年前にインドからインドネシアにヒンドゥー教が伝えられた時、インドの古代医学であるアーユルヴェーダとして入ってきました。

アーユルヴェーダのハーブ調合を元に、インドネシアに自生するハーブを原料に、応用や改良を重ねて行き出来上がったのです。そして、ジャムゥが民間に伝わるようになったのは8世紀の中頃、中部ジャワのソロの王様がある村長にハーブを与えたのが始まりです。

病気の症状に従った処方の配合、適用症状の知識、調合技術やハーブの種類の見分け方等のすべてが世襲制で、口伝で伝承されてきました。

ヒンズー教は薬だけでなく科学、文化、習慣などいろんなものを持ち込んできたのでしょうね。

仏教やキリスト教、イスラム教などほかの宗教の広がりも同じだと思います。

インド発祥の仏教は中国や朝鮮を経由して日本に6世紀に伝わってきました。

聖武天皇(701年~756年、在位724年~749年)は仏教に帰依し全国の国分寺の総本山として東大寺と大仏の建立をし、その妃の光明皇后(701年~760年)は悲田院を設けて貧しい人たちを救済し、施薬院を置いて病人の治療にあたっています。

薬師寺とか薬師如来とか仏教には医療関係のものが多いですよね。

お茶も、元来は薬物であり、喫茶の習慣は臨済宗の栄西が中国から持ち込んだといわれています。また病気治癒には護摩を焚いたり、お経を唱えたりすることもありました。

また、タイマッサージも太極拳もすべて健康維持が目的ですが、これらも寺院絡みです。

戦国時代末期に日本に来たキリスト教の宣教師も医療との関係がありました。

スペインやポルトガルが海外に領地を求めていくにあたり、現地の人たちにまず宣教師がキリスト教への改宗を求め、貿易を行い、宣教師や貿易商人を守るかたちで軍隊が随行していました。

そして、宣教師、商人、軍人、特に軍人は戦いで傷を負うので、医師も不可欠だったと思います。

また。当時の後進国は多くの人が病気で苦しんでいて、そんな国々に宗教は心の病を、医学は体の病を直すという役割をももっていたのだと思います。

日本ではポルトガル人で医師免許を持つ貿易商人で、のちにイエスズ会の宣教師となったルイス・デ・アルメイダ(1525年~1583年)が大分市で乳児院や外科、内科、ハンセン病科を備えた総合病院を建てました。キリシタン大名大友宗麟の協力を得たのです。

これが日本へ西洋医学が初めて紹介された事例です。

大分市にはアルメイダ病院が昭和44年に建設されています。

日本はその後、鎖国となりましたが、長崎の出島のオランダ商館の医師から外科術などの蘭学を学んで行き、中国やアジアの国々に先駆けて先進医療を身に着けていったのです。

明治時代に医療宣教師というキリスト教の活動として医療伝道を行う外国人医師たちが来た時に日本の医療が進んでいるのに驚いたそうです。

赤十字社のマークは十字です。これはキリスト教と関係があるのでしょうか?

いいえ、あの白地に赤の十字はスイスの国旗のマークを反転したものなのです。

赤十字社の創設者アンリー・デゥナン(1828年~1910年)の祖国であるスイスに敬意を表しているのです。スイスの国旗は、もともとは神聖ローマ帝国の軍旗でした。

1240年に神聖ローマ帝国皇帝フレデリック2世によって、スイス連邦の三つの州のひとつのシュヴィーツ州に与えられたものです。

多くの国では、赤十字社の識別マークは白地に赤い十字のマークを採用していて、団体の呼称は「赤十字社」が一般的です。

しかし、中国では「紅十字会」、北朝鮮では「赤十字会」と呼んでいます。

イスラム諸国では、「十字はキリスト教を意味し、十字軍を連想する」として嫌われたため、白地に赤色の新月を識別マークとし、「赤新月社」と呼んでいます。

しかし、イスラム教徒が大半を占めるインドネシアでは赤十字のマークなのです。

いろんなマーク(旗)が乱立したため2005年12年の赤十字・赤新月国際会議総会において赤のひし形を象った宗教的に中立な第三の標章「Red Cristal」が正式に承認されました。赤水晶、赤菱形、赤菱とも呼ばれます。

日本神話の中にも出雲の国造りにあたりオオクニヌシと一緒に活躍したスクナヒコナが医薬の神とされています。この神様たちは越前、能登、越中をも開発しました。

越中と言えば「越中富山の薬売り」で、その薬の売り方はインドネシアのジャムーと同じく訪問販売です。それに、インドネシアでも日本でもそれら薬の原料は植物です。

立山や白山の高山植物の中にその材料があったのでしょうね。

また、現在私たちが病院や薬局でもらう薬の原材料は化学合成で作り出されたものでしょうが、もともとは自然の動物や植物のエキスを培養したりして作ったものだと思います。

まさか原油からの化学合成ではないとは思います。しかし、原油だったとしても、原油はもとはエビやカニの堆積物ですからやはり動物のエキスとなるのでしょうね。

丹羽慎吾

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