シンゴ旅日記 特別寄稿  帰国者のボヤキ(その5)寺社巡り成田不動山の巻

インドネシアから帰国し待機生活をしていたホテルから歩いて15分くらいとのところに真言宗の成田山新勝寺がありました。

真言宗は密教です。インドで生まれた仏教には顕教と密教の二つがあります。顕教はお釈迦様が聞く人にわかりやすい言葉で説いた教えです。しかし密教は真理そのものを表す大日如来の秘密の教えを師匠から弟子  へ師資相承で伝えていく方法です。その密教にも台密と天蜜の二つがあります。

台密とは最澄(767 年~822  年)が開いた天台宗の密教で、東密とは空海(弘法大師)(774 年~ 835 年)が真言宗の根本道場であった京都の東寺で教えた密教です。東寺は平安京鎮護のために建てられた  お寺で教王護国寺とも呼ばれます。成田山新勝寺は真言宗の18ある本山のうちの智山派です。その智山派の総本山は京都の智積院(ちしゃくいん)でその下に大本山が三つあって成田山新勝寺川崎大師平間寺(へいげんじ)そして八王子の高尾山薬王院です。

大本山のひとつの成田山新勝寺は全国に71 カ寺の別院・分院・末寺・末教会・成田山教会があります。この成田山新勝寺の由来は平安時代におきた 平将門の乱に始まります。この乱は京都の天皇に対して関東で平将門(903 年~940  年)が新皇と称して独立しようとしたものです。

この乱が起きると朝廷は追討軍とともに将門調伏の祈願を大きな   寺社や密教の僧に命じました。その中に第 59 代天皇の宇多天皇(867 年~931 年)を祖父にもつ寛朝(916  年~998  年)がいました。寛朝は京都の高雄山(神護寺)に安置されていた空海作の不動明王像をもって房総半島に上陸して護摩を焚いて祈願しました。すると祈願最後の日に将門が戦死したのです。

そして寛朝が京都に帰ろうとしても不動明王像が動こうとしないのでそこに寛朝を開祖として成田山新勝寺が建立されたのです。

一方、討伐された平将門は怨霊伝説で有名です。討ち取られて京都の七条河原にさらされた将門の首が関東を目指して空高く飛んでいったというものです。有名なのが千代田区大手町の将門塚です。昔からその近辺にたたりがあったといわれ関東大震災の後に大蔵省が仮庁舎を建てようと計画したところ工事関係者や省職員や時の大蔵大臣が不審な死をとげたりとか、戦後に都市計画で首塚を撤去して区画整理しようとすると不審な事故が起きたりしました。それで首塚は今でも同じところで祀られています。

また美濃国の一宮の南宮大社は将門の首が関東に戻ってまた乱が起こるのを恐れ祈願したところ神社に座す隼人神が矢で平将門の首を射落とし落ちた場所にその首の怒りを鎮め霊を慰めるために創建された御首神社(みくびじんじゃ)があります。

なお南宮神社は鉱山の神様である金山彦命が祭神です。平将門は  朝廷に逆らったので悪役になっていますが神田明神や千代田区九段の築土神社は将門を祀っています。これは忠臣蔵で吉良の殿様がいつも悪役となりますが、地元の愛知県西尾市吉良では  数々の善政を行った名君として愛されているのと同じです。そして将門が成田山開祖の寛朝に打ち   取られた関係から平将門やその家来の子孫、神田明神や築土神社の氏子たちは今でも成田山に   お参りしないのです。また成田山では毎年の節分には大相撲力士や芸能人、その年のNHK大河ドラマの出演者たちが豆まきをします。

しかし 1976 年の大河ドラマの「風と雲と虹と」は平将門を主人公にしたため将門役の加藤剛ほかの出演者はお参りにいきませんでした。

歌舞伎役者の市川海老蔵が名乗る「成田屋」は市川流宗家を表す屋号で歌舞伎における屋号の始まりといわれています。   その由来は子宝に恵まれなかった初代市川團十郎(1660 年~1704 年)が成田山新勝寺に祈願して御利益を受け長男を授かることができこれに感謝してあらわした「兵根源曽我(つわものこんげんそが)」という不動明王をテーマにした演目を上演しました。これが大当たりとなり成田山に大鏡を奉納しました。そして成田屋の屋号を使うようになりました。

真言宗の本尊は宇宙の根源であり真理を表すという大日如来ですが成田山新勝寺の本尊は大日如来ではなく燃え盛る炎の中で右手に剣  を左手には羂索という網を持ってにらんでいる不動明王です。それで成田山新勝寺は「成田不動」 とか「お不動さん」とも呼ばれるのです。というのは不動明王の本来の姿が大日如来だからです。

大日如来は最高神ですから不動明王以外でも阿弥陀仏にも薬師如来も姿を変えることができるのです。インドのアバター(化身)です。大日とは偉大な太陽という意味です。奈良の大仏の毘盧舎那仏(びるしゃなぶつ)も太陽をつかさどる仏様ですがこれも大日如来が化身した仏様だと言われています。

不動明王を唱える真言はノウマク サンマンダ バザラダン カンです。また不動明王は五大明王の中心となる明王です。五大明王は真言宗だけでなく天台宗、禅宗、日蓮宗等の日本仏教の諸派および修験道で幅広く信仰されています。成田山新勝寺の別院は八か所にあります。東京別  院深川不動堂、札幌別院新栄寺、函館別院函館寺、横浜別院延命院、川越別院本行院、大阪別院明王院、福井別院九頭龍寺、そして愛知県犬山市の名古屋別院大聖寺です。

私の生まれた岐阜県にも成田山があります。それは恵那市にある成田山明智大教会と各務原(かがみがはら)市の成田山貞照寺です。貞照寺は日本最初の女優と呼ばれる川上貞奴(明治4 年~昭和21 年)が建てたお寺です。川上貞奴は1985 年にNHK の大河ドラマ「春の波濤」で松阪慶子さんが演じ、同じくNHK の2014 年の朝ドラ「花子とアン」では仲間由紀恵さんが扮していました。

話を宗紋、寺紋に変えます。真言宗の空海が開いた高野山の金剛峯寺には「五三の桐」と「三つ巴」の二つの紋があります。「五三の桐」は天皇から弘法大師の称号を下賜された時に天皇家の家紋である五三の桐紋   も頂いたといわれます。「三つ巴」の紋は神霊の印として神仏の加護求める神社の神紋につかわれ高野山の鎮守である丹生都比売神社(にうつひめじんじゃ)の定紋から取り入れられました。

【丹生都比売神社公式ホームページ】
ご祭神のお名前の「丹」は朱砂の鉱石から採取される朱を意味し『魏志倭人伝』には既に古代邪馬
台国の時代に丹の山があったことが記載され その鉱脈 のあるところに「丹生」の地名と神社がありま
す。丹生都比売大神は この地に本拠を置く日本全国の朱砂を支配する一族の祀 る女神とされてい
ます。全国にある丹生神社は八十八社 丹生都比売大神を祀る神社は百八社摂 末社を入れると百
八 十社余を数え当社は その総本社であります。

また巴紋は空海の生まれた讃岐国の佐伯家の家紋でもありました。真言宗の智山派の新勝寺成田山 の総本山は智積院です。智山派の寺紋は桔梗紋です。

智積院の歴史は複雑です。紀州にあった  大伝法院と豊臣秀吉が3歳で死去した愛児鶴松のために建てた祥雲寺という  2  つの寺が関係しているのです。これは智積院の正式名が五百佛山(いおぶさん)根来寺智積院であることからもわかります。もともと智積院はお寺ではなく紀州の根来山大伝法院(根来寺)の塔頭でした。とい言いま  すのは真言宗の中興の祖である覚鑁(かくばん、1095  年~1143   年)が最初に高野山に大伝法院を創建したのですが教義上の問題で高野山を去り大伝法院を根来山に移して新しい真言宗を打ち立てたのです。覚鑁がなくなったあとに別の僧が根来山内の学問所として智積院という塔頭が建立したのです。

そして豊臣秀吉の  1585  年の根来攻めで根来山は全山炎上してしまいました。当時の根来山には 2,000 もの堂舎があったといわれます。智積院の住職であった玄宥(1529 年~1605 年)が根来攻めが始まる前に弟子たちを引きつれて寺を出て高野山に逃れました。

関ヶ原の戦いで徳川家康方が勝利した翌年に家康は東山の秀吉を祀った豊国神社の付属寺院の土地建物を 玄宥に与え智積院は復興したのです。そして大阪城の戦いで豊臣氏が滅び隣接地の豊臣家ゆかりの祥雲禅寺(臨済宗)の寺地を与えられてさらに規模を拡大し山号を根来に名を残す山の五百佛  山、寺号を根来寺としたのです。なお、祥雲禅寺は豊臣秀吉が 3 歳で死去した愛児鶴松の菩提のために建立した寺でした。

その時の造営奉行だったのが築城の名手と言われた加藤清正でした。清正の紋は蛇の目が知られていますが桔梗紋も使用されており祥雲禅寺はその清正の桔梗紋を引き継いだのです。しかしもともと清正は桔梗紋を使用しておらず秀吉の家臣である尾藤知宣が使用していた紋なのです。知宣は秀吉の咎めをうけて失脚し、所領を没収されました。それで秀吉は

知宣が用いていた家具や武具を清正に与えたため使用されていた桔梗紋だったのです。しかし総本山の智山派智積院の下に位置する成田山新勝寺の寺紋は桔梗紋でなく葉菊だったのです。だったと言うのは成田山は開祖寛朝が宇多天皇の孫であったように皇室との縁が深く、「葉菊」が許されていましたが明治2年の「菊花紋章禁止令」によって親王家及び一部の門跡寺院を除く社寺に対して菊花紋章の使用が制限されて「葉牡丹」となったからです。

成田山にはたくさんのお堂や建築物、石像などがあります。ゆっくりと歩いてひとつひとつの由来を調べ歴史の中に浮き上がってくる風景を想像したりするのも寺社巡りの楽しみのひとつですよね。

丹羽慎吾

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