詩~「砂の数行」

左の耳の下に左腕を敷いた姿勢で目覚める 玉砂利の岸
に打ち上げられている ひりひりする痛さ ここはあな
たが書き始める言葉のありかだと感じる わたしはあな
たのペンの先からにじむ黒い雫 紙に落ち たゆたい
やがて揺れ動く線となって 少しざらつく紙のうえに軌
跡を残す 潮鳴りの方へ 素足で 眼を閉じて 熱い砂
わたしはあなたに書かれていく言葉 波に洗われる瑪瑙
の原石 長い十数行と短い数行を繰り返し わたしは
綴じられたページとして厚みを増してゆく いくつもの
半島を越え 夜半わたしの窓を叩く風 あなたに聞き入
った罪で わたしは 痛くあなたに追われてゆく言葉
硬く残響する音の架け橋を渡り 凍る葉先をかする け
れど 息の長いセンテンス この行の配列 あなたのも
のとしては異例ではないだろうか いぶかしい思いは
終行近くでついに確かなものとなる 言葉は季節の挨拶
のように型通りに収まり わたしは誰であってもよい一
人となる ありふれた物の名のように 無造作に紙の上
に染め出されてしまった わたしはあなたが綴る優しく
烈しいオマージュのはずだった わたしはもがき そこ
からこぼれ落ちる 激しい雨を車が蹴たてる音が湧く
薄い闇 こぼれ落ちたわたしは 行間に隠された影のよ
うな半透明な言葉の網 これから書かれるべき(書かれ
てしまった)詩行として 仄かに明るんで浮いている
風となって夜半わたしの窓を叩く人よ いつだったか
わたしはあなたの遠い声を 谷の底を滑る砂の音のよう
に聞いた だから わたしによって書かれ ここに散り
ばめられたあなたの わたしへの歌は 砂の数行

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