ラベンダーが咲く斜面~詩集「流体」より

ラベンダーが咲く斜面

 
ラベンダーが咲き
花の色が広がって行く
草地から突き出た岩が
いたる所で花を阻もうとするが
ラベンダーの花は斜面を埋めて行く
梨の木が曲がり
桃の木が傾き
切り立った岩だけの稜線が
この向こう側はないと
告げているかに見える斜面を
ラベンダーの花の一色が
どこか白っぽい
希薄な光景に変えてしまう

どこへ帰りたかったのか
葡萄の葉をかすって
斜面の下をのろのろと巡った夏
乾燥させたラベンダーの効能を言う
十四歳のマリーの笑顔
八十歳のアンヌの手
乾燥させた花を枕に詰めて
信じるふりをした
藤紫色のラベンダーの花の斜面を
布のように纏うことにし
細い月と向き合っていると
声には出さないもの憂い声が
夜空の深さに響いてしまい
眠ろうとして
全身の力を抜くのが難しかった

荻悦子(おぎ・えつこ)
1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。

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