荻悦子詩集「樫の火」より~「徴」

文芸館では、これまで、荻悦子さんの詩集「流体」に収められた詩を紹介してきました。今後は、年に出版された詩集「樫の火」(思潮社)に収録された作品を順次紹介していきたいと思います。

  徴(しるし)

 

夕ぐれ
空に仄白い光が瞬いた
金木犀の香りが漂ってくる

彼方にもうない源

徴を目にしたとき
ことは
既に終わっていた
橙色の細やかな花がこぼれる

無くなった
失くしたすべて
落ちた花が樹の下に円く広がり

空に残滓が光って走り抜ける

ことは私たちの外にあり
そのように
初めから私たちは組み込まれ

昼と夜とを果てまで水が尽きるまで
回転しながら
螺旋状に巡りながら
突き進む渦巻の一点で樹が生い私たち

どことも知れない縁へ逸れていく

この星に錘を垂らし私たち
夕ぐれの空に遠い仄白い徴を追う
樹から花がこぼれ濃く匂う

荻悦子(おぎ・えつこ)
1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。

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