シューベルト~その深遠なる歌曲の世界(6)

前回、《全音階的音階の音高に関する各調律法の比較》を数値で表した表(音階)を提示して、「主要な音程の数値」と「各種調律法の変遷について」は、次回に記載することとしたが、まずその前に日本人にはなじみのない「古典音律とは何か」という話をしながら、上記の問題に移りたいと思う。

*言葉の説明
(1セント・・・12等分平均律における半音を100等分したもの。)
(ビート・・・和音でのうなり。ひどいビートをヴォルフという。)

*「古典音律とは何か」
信時潔訳『全訳・コール・ユーブンゲン』(1692、開成館)第一版序言の項に、「歌うべき音をピアノで一緒に奏してはならない。平均律に則って調律されるピアノを頼りにして、正しい音程の練習は望まれない」という記述がある。

ここで言われている正しい音程とは何か?
それは、少なくとも平均律の音程ではないことは確かであるが、では、それは何を意味していると考えられるであろうか。

ここで言われている音程とは、合唱などで要求される「完全に協和した音」としての音程であり、自然倍音に基づく、純正律による音程を指していると考えられる。

純正律は、完全に協和した音で構成されているが、実際の演奏時には、ピアノなど調律を必要とする楽器では、演奏する各調ごとの調律変更が必要となり、大変に不便である。
そのため、実用的に考え出されていったのが、古典音律である。
古典音律の時代の流れは一部下記に記すが、要するに純正律を実用化した意味を持つ「ミーン・トーン」と、完全な0(ゼロ)ビートの5度と不純な3度を持つ「ピタゴラス音律」、そして、「ウェル・テンペラメント」である。

ウェル・テンペラメントには、大バッハが使用した(ヴェルクマイスターが、考案した)音律や、バッハの弟子であったキルンベルガーが考案した音律などがある。
ドイツでは、ベートーヴェンやシューベルトの時代は、正にこのウェル・テンペラメントの時代であったと考えられる。
古典音律から平均律への移行は、バッハの『平均律ピアノ曲集』から、というのが一般的な考え方であって、シューベルトも当然平均律ピアノを使用していたと思われていた。
しかし、平均律のピアノが決定的支配権をもった時期は、ドヴュッシーでバッハではない。
*古典音律から平均律への移行が、ドヴュッシー(1862~1918)の時代であったと考えられる理由。

平均律の理論を始めて本に書いたのは、フランスのマラン・メルセンヌである。
Marin Mersenne(1588~1648) 『Harmonie universelle』Paris(1636)
この時代には、正確な音の周波数の測定ができていないので、鍵盤楽器を耳で平均律に調律することは不可能であった。(調律でのビート数の計算ができないため)

耳で調律するための前提条件は、ビート計算ができることである。そのためには、各音の周波数を知ることと、計算技術として対数計算法が確立されていることが必要である。
ゆえに、平均律のピアノ市販開始は、1842年(英国、Broadwood 社)までかかるのである。広く普及するようになったのは、19世紀末期と考えられる。

以上のように、ウェル・テンペラメントは、ピアノの平均律化が完成するまで、ピアノ調律法の主流であったと考えられる。
そして、すべての調が弾けるということと、半音を異名同音として扱っている点から、
平均律と同じものとして扱われたのである。

では、シューベルトが使用していたと考えられるヴェルクマイスター音律は、どのようなものであったか、という問題に入りたいと思う。
ヘルムホルツとフーゴー・リーマンによって、平均律と間違えられたと考えられる、
ヴェルクマイスターの音律は、ミーン・トーン音律に存在する12個の5度のうち、1個が大変幅の広い5度になり(11個は696,5セント、1個は738,5セント)この5度は、ひどいビート(うなり)を生じるが(このひどいビートをヴォルフという)、このヴォルフを解消するために、8個の5度をピタゴラス5度(純正5度=702セント)に規定したものである。そして、それまでは異名異音であった臨時記号による半音を、異名同音としたのである。

ヴェルクマイスター音律の特徴は、白鍵では5度の幅が狭いために3度が純正に近い。
そして、黒鍵では純正5度になっているために、ピタゴラス音律(旋律的な音律)に変ることである。つまり、変化記号の少ない調では、和声的な音楽であり、変化記号が増えるに従って、旋律的な音楽に変るのである。
これを実際に演奏してみると、白鍵の三和音が大変美しくなるのであるが、(特にハ長調の響きは、平均律と比較にならないほど美しいものとなる)。
黒鍵の三和音(ピタゴラス三和音)も、5度が純正になっているため、内声の3度の狂いは三和音全体を緊張感の高い美しい響きにするのである。
白鍵の三和音の明るく透明な美しいハーモニーと、黒鍵の三和音の緊張感や不安感が漂う美しい人間的なハーモニーを調子によって作り出すことができるようになったのである。
このように、ヴェルクマイスター音律は調子記号による調性感を、はっきりと表現できる音律なのである。

シューベルトの慎重な調子選びは、オリジナルな調と変えて演奏すると曲の雰囲気や転調の効果が変化してしまい、詩のイメージさえもが変ってしまうことでも分かる。
そういったエピソードとともに、まだ触れていない「各種調律法の変遷について」も次回述べるつもりである。

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 杉本知瑛子
大阪芸術大学演奏科(声楽)、慶應義塾大学文学部美学(音楽)卒業。
中川牧三(日本イタリア協会会長、関西日本イタリア音楽協会会長))、森敏孝(東京二期会所属テノール歌手、武蔵野音大勤務)、五十嵐喜芳(大芸大教授:
イタリアオペラ担当)、大橋国一(大芸大教授:ドイツリート担当)に師事。
また著名な海外音楽家のレッスンを受ける。NHK(FM)放送「夕べのリサイタル」、「マリオ・デル・モナコ追悼演奏会」、他多くのコンサートに出演。

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