2.大学時代

私が村の呪縛から解放されたのは、大学に入ったお陰であった。五條高校から現役で府立大学に入ったのは私だけ。クラスの者も下宿の者も誰も私の過去を知らない。私の最初の行動が彼等の目に映る私だった。私はグループによって顔を使い分け色んな見方をされることを楽しんだ。その頃読んだ阿部公房の「他人の顔」と言う本がある。実験の事故で顔を失った男が、他人の顔の仮面を付けて街に出るのだが、本来の自分なら出来そうも無い大胆なことを仮面がやってのける、それと同じ様な気分。

それまで経験したことも無い運動部にも入った。自分の性格であれば弓道とかおとなしいものを選ぶのだが、無理やり勧誘されたこともあって「大学でしか経験できないであろう」アイスホッケーをやることになった。(→クラブの経験は、「創立40周年記念誌」を参照)村では「マチ針」と呼ばれ、頭ばかりで体力はからっきしダメと思われていたが、街へ出てくるともっとヘナチョコが沢山いるし、劣等感は直ぐに薄すらいでいった。

アイスホッケーは、ルールの少ない激しいスポーツで、近大が出てくると必ずケンカになった。パックの奪い合いになった時、思わず「どけ!」と大声で怒鳴り付けてやったらでかい体つきのその男がビビッて居る。大声が武器になることをその時学んだ。まさに変身願望自在で、防具・ヘルメットを付ければ弱虫の自分を見破られることも無い。

他にもホッケーからはいろんなことを学んだ。2年の終わりからゴールキーパーをやった。「お前のような身体であれば立っているだけでゴールが塞げる。」と言われたが、上手な奴にはスパスパ入れられてしまう。出来るだけ大きく見せようと構えも工夫したが隙は隠せない。悩んでいた時、同志社のキーパーを見て驚いた。身体は大きいが、小さく構えていてシュートを受ける瞬間に大きくなる。大きく構えるとそれ以上は大きくなれないが、縮んでいるとどの方向にも大きくなれるし、ワザと見せている隙なのでそこを突かれても対応の備えが出来ている。

このことは社会に出てからの仕事でも使えた。人間関係でも勝負をするためには間合いを詰めなければならない。間合いを詰めるコツは自分の弱点を晒すこと。自分の弱点こそが間合いを詰める最大の武器となることを知った。

高校の時剣道もかじったことがあるが、下手な者同士はスキなく構えようとするので、どちらも打ち込めない。達人ほどスキを見せて打ち込んできたところを切り返す。

学生時代は、学生アパートの様なところにいたので、先輩や違う学部、違う学校の奴らとも交流が出来て影響も受けた。丁度学生運動の真っ最中で民青も居たし全共闘も居た。本もニーチェや荘子などこれまで知らなかった世界の考え方にも触れた。恋愛ごっこもやってスタンダールの「赤と黒」に書いてあることも実践した。

知識と言うものは全てが全てに絡む。1つを知ることによって違う分野の気付かなかった事が見えることがある。ダ・ヴィンチが芸術から科学に至まで精通しているのと同じこと。人間は自分の目の高さでしかものが見えないことを知った。視点が少し上がると見える範囲がグッと増える。

アルバイトでも皆はデパートの販売員など女の子を目当てに選ぶが、私はゴミ収集、家の解体、鉄工所など学生でないと経験出来ないことをやった。

土谷重美

~つづく~

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