荻悦子詩集「時の娘」より「輝線」

輝線

 

絵具箱の中で
ほぼ十年眠っていた絵具は
キャップを開けようとする手を
固く拒んだ
次々とねじ切ってパレットに置く

林檎二個
蓋付の壺
乾燥させた栗の穂の束

深い土の色の肌に
厚めの釉薬で花の葉の水の色
そのくすんだ色調に惹かれて
旅先の工房で買った壺は
画布の上では
乾く度にまた別の色を重ねられ
ついに暖色の勝った華やかな壺と化した

真近から背を焼くストーブの熱と
絵具の匂いのなかで
イタリアからの栗は稔りのままに
あおざめた林檎はあおざめて
声を発しないものたちの質感

ガラス戸数枚分の
曇り日の午後の外光
空の蒼さを感じることなく
三月が過ぎる
浄化ということが
ほんとうにあるのだろうかと
呟く自分の声を
こめかみの辺りに
かすかに聞きながら
垂れこめた雲の間に
仄かな輝線を探ろうとする

荻悦子(おぎ・えつこ)
1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。

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