二十二夜塔

先日、山梨県のとある村を訪ねた時、私自身がこれまでに見たことのない石塔と巡り合いました。集落の一角の見晴らしのいい場所に建てられた古びた石塔です(写真)。二十二夜塔と刻まれ、その横には石造りの小さな祠も立てられています。気になったので写真を撮らせてもらい、帰ってから調べてみたところ、昔民間信仰として「月待信仰」というものが関東地方などでは広く行われていたことを知りました。そういえば、うろ覚えですが、むかし高校の頃古文(平安時代頃の古文)を習った時、夜の刻限を現す表現として立待の月、居待ちの月、寝待の月という呼び方をしていたのだということを思い出しました。
この「月待信仰」というのは、特定の月齢の月を待って「講中」と称する仲間が集まり、飲食を共にしたあと、月を拝み、禍を払うという一種の宗教的な行事であったようです。待つ月の月齢はこの二十二夜以外にも、十五夜・十六夜・十九夜・二十三夜といろいろあったようです。十五夜の月の出は午後6時ですから、毎日50分ずつ月の出は遅れてきますので、二十二夜の月の出は深夜零時頃となります。実際この場所で月が見えてくるのはさらにそれから1時間くらいは後でしょうから、午前1時ころ。そんな真夜中に皆集まって月に祈りを捧げていた(祈りばかりでなく、飲食も含まれて)ということでしょう。この碑には天保四年と刻まれていましたので、今から180年以上昔のものになります。
今もその行事が行われているかどうか集落の人には確認することはできませんでしたが、何か昔の人たちの姿が目に浮かぶようでした。

(山親爺)


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