囲碁、そして仲間たち 「私の囲碁遍歴」

幼い頃、近所の時計屋の店先でおじさんたち二人が、盤の上に黒い石や白い石を並べているのを見たことがあります。その内、ひと通り並べ終わるたびにお金(その頃のお金ですから10円札か?)が盤の下を行ったり来たりしているのを不思議におもったものです。今考えると「賭け碁」をしていて、負けた方がお金を相手に渡していたようですが、さすがにおおっぴらには出来なくて盤の下からこっそりやっていたのでしょうか。

中学生の時に友人から碁を教わり、60数年が経過しました。最初のころはぼちぼち打っている程度でしたが、社会人になってから碁会所に通って、少しずつ囲碁を打つ機会が増えてきました。日本IBMに入社した年に初めて団体戦(5人一組)に出場し、優勝したのを今でも印象深く覚えています。今思えば、その時の私の棋力は5級に届くかどうかですから、優勝したのは他のメンバーが強かっただけなのですが、、、。

その後は地方勤務が長かったので、あまり打つ機会はありませんでしたが、転機は35年前に東京に転勤になり、会社の囲碁部に所属したころでした。それは月一回の囲碁部の例会で、プロ棋士と生まれて初めて碁を教わった時でした。今までの相手(アマ)とあまりにも違う打ち方にびっくりしたのを今でもよく覚えています。

「違う打ち方」というのは変な表現ですが、同じところに石を打つにしても、タイミングが違うのです。うまく表現できないのですが、プロの打った石はこちらの急所へ急所へときますが、アマの場合は遠回りしてからやってくるといった感じです。囲碁を打たれる方ならこの辺の感覚は理解されと思います。

普通、プロやアマでも高段の域に達するような人は、囲碁を覚えた時から集中的に打つことによって急速に進歩しますが、私の場合、初めのころはたまに打つだけ、しかも、下手なアマと打つだけでしたから、囲碁の上達という意味では最悪の条件だったと言えそうです。それでも、囲碁の教本でも読めば少しは上達の糧になったと思われるのに、それすらしなかったため、「筋悪(すじわる)の碁」(自己流で、相手の石を取ることばかりを考えるような打ち方)が身についてしまいました。その自己流の打ち方でも、徹底して実戦を多く積めばそれなりに上達するものですが、それもかなわず、東京に出てきたころは3級程度でした。

プロの指導を受け、「囲碁って、こう打つんだ!」と、軽い衝撃を受けてから、毎日のように通勤電車の中で囲碁の本を読んだものです。その頃のことですが、正月休みに新宿の碁会所で会った年配の人がいました。その人は、数年後には日本棋院の指導員になっていましたから、最初にお会いした時もかなりの高段者でした。

一局終わって、お話を伺っていると「囲碁を始めたのは遅かったが、本を数十冊精読しました」と言われました。また、くだんのプロ棋士からも「強くなりたかったら、詰碁の問題を繰り返し、繰り返しやりなさい」と、言われて詰碁の本を買ってきて、枕元に置いて毎晩寝る前に読んだものです。もっとも、難しい詰碁を考えていると、すぐ眠くなってしまいますので、睡眠導入剤の代わりのようなものでしたが、、、。

そのかいあってか棋力はメキメキと上がってきて、囲碁大会に出ればほとんど優勝か、優勝しないまでも入賞は確実という時期がありました。(注;アマの囲碁大会は段位別が多く、同じ段の人だけのグループで打つか、また、段が違うと置き碁というハンディ戦になり、誰でも優勝のチャンスがある。)その頃、段位は初段くらいになっていましたが実力の方が先行していましたので、かなり強い初段だったと思います。人間は面白いもので、勝てばもっと勝ちたいと思って勉強するし、負ければ口惜しくてどうして負けたか原因を追究して、次にどうすれば勝てるかと考えます。私の場合、奥手ながら40歳半ばごろからこのような時期が10年ほどあり、棋力も三段、四段と上がってきました。

段位について聞いた話ですが、ある人が初めて行った碁会所で、席亭から棋力を聞かれて、自分は五段だと返事したところ、あなたは強い五段か弱い五段かと、聞き返されたそうです。実は、私たちアマの間では同じ碁の段位でもかなり差があって、一説によればプラスマイナス三段、つまり強い人と弱い人では同じ段でも六段程度差があるということです。

碁を習い始めたころは石を取るのが楽しくて、いかに相手の石を取るかばかりを考えますが、少し上達してくると自分の石が弱い(目がない石のグループ、つまり生きていない石)のに相手の石ばかり狙っていると、逆に自分の石が取られるということがわかってきます。これは理屈でわかっても、実戦で、しかも相手の石と競り合って、取るか取られるかの争いをしているときは、忘れがちなものです。

また、二、三段くらいまでは囲碁の技術(つまり、「定石」や「石の死活」についてのノウハウ)を磨けばそれなりに強くなりますが、それ以上に強くなるためには、盤面全体を眺めて、自分の石の弱点と相手の弱点を冷静に見る目が必要になります。このようなことが本当に理解できるようになるのは五段以上ではないでしょうか。

[閑話休題]
35年前、会社の囲碁部に所属してからいろいろな人と出会いました。その中に US IBM から出向で日本に来ていた、Paul Anderson がいます。彼からヨーロッパでは2週間に亘って開かれる囲碁大会(European Go Congress: EGC)があると聞いて、一度はそのような大会に参加してみたいものだと思っていました。それは午前に一局打つだけで、午後からは囲碁仲間同士で対局したり、おしゃべりしたり、家族で観光に行ったりと、日本では想像もつかない大会のようでした。日本で一般的に開催される大会は、一日で、それも朝から夕方まで打ち続けて終わるというものです。

2001年にチャンスが巡ってきました。アメリカでも1週間ぶっ続けで行う囲碁大会が開催されており、日本からの参加者もかなりあると聞いたからです。その年はペンシルバニア州のヨークという町で行われることがわかりました。その頃、Paulさんはニューヨークに帰っていましたが、大会に参加する旨連絡すると、自分は仕事で行けないが、主催者をよく知っているから紹介するよと言って、事情をいろいろと話してくれました。そして、同行者を募ると8人の囲碁好きが集まって、初めて Go Congress に参加することが出来ました。その後はヨーロッパの囲碁大会にも何回か参加するようになり、内外の囲碁仲間もずいぶん増えてきました。これからも元気なうちは積極的に海外に出て、いろいろな国の囲碁愛好家と交流したいと願っています。

兵頭 進

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