プッチーニの有名なオペラ『Madama Butterfly』の蝶々さんは15歳。オペラの設定は明治初期なので数え年であろうから、現代では13~4歳のあどけない少女であろう。

蝶々さんがモデルとされているらしいのは山村ツルという芸者である。ツルは明治33年49才でなくなった

「明治初年長崎にいた山村ツルという芸妓があり、造船技師の英人グラバー氏と親しく、その紋所が揚羽蝶であったため外人の間ではマダム・バタフライと呼ばれていた。」

(長崎博物館主、平山国三郎氏 昭和24年10月9日東京の読売新聞より)

マダム・バタフライが舞台で舞っている、あどけなくかわいらしい舞妓さんのような女性かもしれない。そう思うと、プッチーニのオペラ『Madama Butterfly』全てのストーリーとそれに付された旋律に対する解釈が変わっていった。

ピンカートン                   蝶々さん

「Quannt’anni avete?」(年はいくつ?)     「Indovinate」(あててみて」
「Dieci」(10才)                「Crescete」(もっと上よ)
「Venti」(20才)    「Calate. Quindici netti,netti;son vecchia diggia」
(もっと下、正確には15才、大人なのよ)
「Quindici anni! L’eta dei giuochi」          「e dei confetti」

(15才か! おもちゃ遊びの年だ)          (お菓子の年よ)

オペラの第一幕、蝶々さんとアメリカ海軍士官ピンカートンの初対面での会話である。

私のイメージの中では、オペラの舞台でプリマドンナが演じる“蝶々さん”はいつもあどけない少女ではなかった。幼くかわいらしいはずの蝶々さんは、トスカやヴェルディのヴィオレッタ(『椿姫』)と同じように立派な大人の女性としてしか認識していなかったのである。

それまで、私は日本人だから蝶々さんのアリアや重唱の練習はやってきたが、どの場面も舞台で歌ったことはなかった。ドラマティックに書かれたプッチーニの楽譜をそのままドラマティックに歌っていたので、何かが違う自分の歌に納得ができなかったのであろうと思う。

プッチーニのオペラに登場する女性の感動的なアリアは・・・『Tosca(トスカ)』“Vissi d’arte”(歌に生き愛に生き)、『Turandot(トゥーランドット)』“Tu,che di gel”(リウのアリア:氷のような姫君の心も)、『Madama Butterfly(蝶々夫人)』“Un bel di”(ある晴れた日に)、“Tu? tu? tu?”

(ああ、おまえかわいい坊や)・・・などのように主人公の感動のあらわな叫びで聴衆の心を深くゆさぶる曲が多い。

ヴェルディのオペラ『La Traviata(椿姫=迷える女〔直訳タイトル名〕)』“Amami Alfredo”(私を愛してアルフレード)も同じように主人公ヴィオレッタの心の叫びが単純で感動的な旋律となっている美しいパッセージである。

これらのアリアを私は皆同じようなドラマッティックリリコのアリアとして解釈していたのである。プッチーニのオケ(伴奏)はユニゾンで迫ってくるのが多いので歌い手も負けじと大きな声で頑張ってしまう。そこで歌われるのは理想を追い求め意思(愛)を貫く女性の悲劇性で、これでもかこれでもかと言わんばかりに聴衆の感情に訴えかけるのであるから、プリマドンナの独断場である。

あどけなくかわいらしい15歳の少女はどこにもいない・・・

2014年2月上旬、京都南座でオペラ『蝶々夫人』が上演され、祇園の芸妓5人が特別出演し、京舞井上流5世家元、井上八千代さんが振り付けを担当された。

舞妓さんのかわいらしさは京舞井上流の振り付けによるものであるとしか考えられないが、その井上流とは、「おいど(お尻)を落として斜め上を見る」ということを重視すると言われている。

つまり、中腰で少し上を見上げるのである。蝶々さんにもそれを求めるのだろうか・・・
重い着物と鬘、舞でなら出来てもこの姿勢でのアリア歌唱はきつすぎる。

それに、かわいらしくても初歩の声の人にプッチーニの蝶々さんは歌えないし、完成度の高い声の人には、叙情的な部分やドラマティックな音楽表現は出来ても、かわいらしさの表現は極めて難しいはずである。(年齢だけでなく、声に威厳が現れてしまうからである)

それでもオペラ『蝶々夫人』は、当然のごとく完成度の高い声を絶対条件とするはずだし、蝶々さんのかわいらしさも又絶対条件でなければならない筈である。

オペラ『蝶々夫人』の初演は1904年2月17日ミラノのスカラ座である。これは大失敗で野次や聴衆の叱声が激しく音楽が聞こえないくらいであった。

その後、プッチーニと親しかった名指揮者トスカニーニの助言で、プッチーニは改定を加え(第2幕を2つに分けて間奏曲を入れ、ピンカートンの独唱を第2幕に加え〔“Addio fiorito asil”(さらば愛の家)〕聴衆の興味を増すようにして、同年5月26日ブレッシア歌劇場で上演した。これは大成功をおさめ以後、ピンカートンにカルーソー、蝶々さんに三浦環、ティバルディ、カラス、シュワルツコップなど多くの有名歌手を配し各地で大成功を果たした。

それまで私が見知っていたのは、そのような立派なオペラ歌手の奇妙な蝶々さん達であった。

幼くして芸者となった蝶々さんの可憐さをオペラの中でも感じてみたいものである。  (完)

杉本知瑛子

大阪芸術大学演奏科(声楽)、慶應義塾大学文学部美学(音楽)卒業。中川牧三(日本イタリア協会会長、関西日本イタリア音楽協会会長))、森敏孝(東京二期会所属テノール歌手、武蔵野音大勤務)、五十嵐喜芳(大芸大教授:イタリアオペラ担当)、大橋国一(大芸大教授:ドイツリート担当)に師事。また著名な海外音楽家のレッスンを受ける。NHK(FM)放送「夕べのリサイタル」、「マリオ・デル・モナコ追悼演奏会」、他多くのコンサートに出演。

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