「末っ子十男」のボクは記者研修を終え、幹部の前で配属希望先を聞かれた。同僚ほとんどが「社会部」「経済部」「運動部」など取材部門を希望していたがボクは「整理部」と答えた。高校時代に新聞部で少し新聞というものをかじっていたので「取材最前線もいいが、紙面を1面から最終面まで作ることができるポジションは整理部(現在の編成部)」と信じていたからだ。

「キミ、なぜ整理部希望なの?」と居並ぶ幹部の一人が聞いてきた。室内でもサングラスをかけ怖そうな人だ。ボクは「九州の取材記者は米国大統領や総理大臣に直接会えません(Y新聞西部本社は当時小倉にあった)。整理記者は1面から最終面まで、内外世界のトップが相手、事件事故事象を一手に引き受け捌(さば)ける花形です。記者手当も最上位と聞きましたので」と恥ずかしげもなく生意気を言うと、幹部らは顔を見合わせていた。

配属は希望通りになった。ボクは「これで親孝行できる」と喜んだ。その時はとんでもない職場ということなど知るよしもなかった。

配属初日、整理部長に挨拶に行った。「あっ!」驚いた。部長席に座っているのは昨日の“サングラスおじさん”だった。両足をデスクに上げたまま(その足が短い)、風体はずんぐりむっくりでまるでちびっ子アル・カポネだ。ボクが頭を下げると部長は「挨拶はええ(不要)、そこで見とけ」とそれだけ。ひと通り夕刊の編集を見てその日は終わった。

翌日、先輩記者のそばに座わらされた。「しばらくは見学だろう」と思った、が大間違いだった。「さあこれを組んで来い」先輩はいきなり割り付け用紙(新聞1ページ大)を渡した。いきなり出来る訳がない、と思ったがその目が怖くて新聞を組む活版職場に向かった。活版担当者は割り付けを見ながら勝手に組んでしまった。ボクはあたかも自分が指示して組み上げたような顔で先輩に見せた。先輩は「よく組んだな。だが今、飛込(最新ニュース)入った。すぐ組み替えてこい、急げ」。再び活版へ直行したが……。

「バカモーン」活版デスクの大声が職場中に響いた。「おまえさん、今、何時と思っているんだ!組み替え時間などあるものか!もうすぐ印刷時間だぞ」とボクを罵倒した。ボクが怯え戸惑っている時、先輩の整理記者がやって来た。ボソボソと何か伝えた後、あの罵倒デスクとすばやく組み替え作業をし始めたのだ。印刷時間に間に合った。

鉛活字の時代で活版職場は油と活字で墨まみれ、初日からボクの手はもちろんネクタイとカッターシャツも真っ黒になった。「これはヒドイところにきたものだ」。その夜、下宿で新しいシャツを取り出しながら、罵声も思い出し、一人うなだれた。

あとで聞いた話。怖いサングラス部長は、あらかじめ先輩記者と活版デスクらに「きょうは吉原という新人にやらせる。よろしく頼む」と内々に頼んでくれていたという。その配慮に驚き、心で感謝した。ずんぐりむっくりアル・カポネと言って、すみません。というよりこの職場の厳しさと温かさを知った日でもあった。

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