追憶のオランダ(82)ゼンマイを採る

日本ではあまりやらなかったことを、異国の地にいるというだけで、なぜかやってみたくなるのもおかしなものだ。山里の生活に慣れている人なら春が来ると山に分け入り、春の山菜採りに夢中になるという。都会で暮らしていて、ワラビやゼンマイなどといった山菜は山菜そばとかで時々お目にかかるくらいで、とても自分自身で山で採ることなど思いもつかない。しかし、不思議なことに日本にいたときは都会暮らしだったような人でもオランダまで来てゼンマイを採りに行くのである。オランダは山ではないがうっそうとした林が結構残っていて、そんなところにあるらしい。友人の一人が日本人コミュニティーの知り合いに山菜採りを誘われてからというもの、ある特定の場所に採りに出かけていた。しかし、他の人には決してその場所を教えないというのである。これに似たような話は日本にいた時にも聞いたことがある。高価なマツタケならいざ知らず、たかがゼンマイ・ワラビのたぐい。しかし、自分自身の秘密の場所というのがあるらしい。オランダに来てまで日本流を押し通すのかと思った。
我が女房もその友人に誘われて一度連れて行ってもらったらしいが、ただついて行っただけでその場所がどこなのか覚えるつもりもなかったようで、それ以降自分からは行く気にはならなかったようだ。
これは帰国してからの話だが、今住んでいるところも近くに生田の丘陵が低く続いており、春、桜が咲くころになるとゼンマイが出始める場所があった。それはたまたま桜を見ながら散歩していた時発見した所だ。それで、昔の話を思い出し軽く一握り採ってきたことがある。
採ったゼンマイは重曹であく抜きが必要。塩蔵品とは違い新鮮なものは意外と柔らかくお浸しでも酢の物でも結構いけた。それから数年、桜の時期になると少しだけ採っては楽しんでいたが、数年前にその場所は浄水場関連の大規模改造工事に伴って整地されてしまい、たくさんあった桜の古木も惜しげもなくすべて伐採され、付近のゼンマイのあった場所も同時に完全になくなってしまった。大したことではないが、自分が知っている特定(秘密ではない)の場所がなくなるというのは何か寂しい気持ちがするものだ。そういえば、その近くにはゼンマイよりも早くフキノトウが採れたことも思い出した。

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