追憶のオランダ(85)最終回 航空会社職員の機転
最近は事情がかなり変わったと思われるが、今から20年以上もの昔は飛行機を利用する場合空港に着いてから実際に搭乗するまで随分と時間を要したものだ。特に、行楽シーズンなどはカウンターの前に延々と列を作らされる羽目になる。出発時刻が刻々近づくのになかなかチェックインさえできない、ハラハラ、イライラという経験をされた方も多いことだろう。あるいは空港までの途中の道路で渋滞に巻き込まれて、空港になかなかたどり着けそうになかったことがあるかもしれない。たとえ運よくギリギリ空港に滑り込めても、無事搭乗できるかどうか。私もこんな経験を何度もしたものだ。心に残った二つのケース。
ひとつのケースは、乗っていた便の到着が遅れたが、乗り継ぐべき便はその日の最終便ということもあってか乗り継ぎ便は出発を遅らせ待っていてくれるという機内でのアナウンスがあったので安心していた。ところが、着いてみると乗り継ぐはずの便のチェックインカウンターは既に手続きを終了してしまって誰もいない。万事休すかと、そこでの一泊を覚悟しかけた時だった。しかし、天祐とはこのこと、救われたのだ。。その航空会社の係員と思われる若い男性を見つけので事情を話すと、「大丈夫、その便に乗れますよ。僕がお連れします。ただし、ちょっと距離があるのでこれに乗って。」と、大したことではないような感じ。そして、空港でよく見るカートに乗せてくれ、普段は通らないいわば空港の裏方の通路を走り、ゲートまで案内してくれた。アタッシェケースだけだったのでできたことだと思うが、少なくとも、カウンターではチェックインしていない(記憶は定かではないが、ゲートでチェックインしたのか)。おかげで、その最終便に乗ることができ、翌日のアポイントもキャンセルせずに済んだ。これは英国航空、ヒースロー空港でのこと。
もう一つのケースは、ある朝バルセロナに出張するため自分の車で空港まで運転していたが、途中で大渋滞に巻き込まれ、時間的に充分余裕を見ていたはずなのに空港到着が予定よりもかなり遅れてしまった。ともかく車を駐車場に入れ、チェックインカウンターに走った。着いた時は既にその便の手続きは終わっていたようだったが、手荷物一つだったので係員の女性は笑顔ですぐにチェックインを済ませ搭乗券を渡してくれた。時計を見ると、既に出発時刻を過ぎている。その搭乗券を見て、さらに驚いた。便名だけは正しく記載されているが、私の名前はなく、その代わりにLast moment passenger(最後の乗客)とのみ。そして座席番号もなくNo seat, no meal guaranteed.(座席・食事は保証されません)と書いてあるので、この期に及んで余計な事だが彼女に尋ねてみた。「食事などなくてもいいが、座席はあるんでしょうね?」と。すると彼女がウインクして言うことには「Run!(走って!)」と。このバルセロナ行きは一番遠いゲートなのだ。ともかく、走りに走って搭乗ゲートに着くと、殆どの人が搭乗し終わりあと3-4人が残っているのみ。ともかく、ゼーゼー息を切らしながら最後の人の後に続いた。これぞ滑り込みセーフであった。名前こそないもののチェックインだけは済ませてあるので、別にそんなに走らなくてもよかったのだが、出発をさらに遅らせてしまうのは他の大勢の乗客にも申し訳ないので、真剣に走った。時々、迷惑な客がいますよね。皆が搭乗してしまっているのに「出発が遅れて申し訳ございません。あと一人のお客様を待っています。」というアナウンスがあり、その後で悠々と悪びれもせず乗ってきて皆の出発を遅らせる横柄で迷惑な客が。私はこんな客にはならずにすんだ。それよりも心配だったのが、もし乗り遅れてしまうと、その日の予定が完全にくるってしまい相手に迷惑をかけてしまうことだった。もしそうなっていたら、どこか公衆電話から(その頃は携帯電話は普及していなかった)相手の会社に今日のアポイントは私が飛行機に乗り遅れたのでキャンセルして欲しいと伝え、謝ることになっていただろう。保証はしません(No guaranteed)ということだった座席にも座れて、機体が動き出した時には、改めて彼女の機転に救われたという思いが強かった。これは、KLMオランダ航空、スキポール空港でのことでした。
この2社の職員の機転のきく対応に助けられたというお話でした。
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これまでご愛読頂いた読者の皆様へ:
この文芸館に「オランダ点描」の投稿を始めたのは一昨年の11月2日のことでした。気が付けば今月末でちょうど丸2年となります。最初の「オランダ点描」が終わったあとスポットで2話を挟みましたが、さらに続いて「追憶のオランダ」ということでオランダのあれこれをこれまた筆者の独断と偏見で書き綴ってきました。当初はすぐにネタ切れになってしまわないかと心配していたことを思うと、こうして2年もの間よく続いたものだと筆者自身が正直驚いています。
追憶ということで、あれこれ思い出しつつの当時のオランダの様子をご紹介してきました。しかし、この浅学ではやはり書けるネタがだんだんと尽き果て来たこともあり、また30年近くも前のことなので記憶自体も定かではなくなって来ました。ということで、誠に勝手ながら今回の「追憶のオランダ85話」をもちまして最終回とさせていただきます。
長い間この拙いものをご愛読頂いた皆様には心より感謝申し上げます。
本当に有難うございました。
宮川直遠