エジプト見聞録(1)

(2004年ある会報に投稿したものそのままです)

今年の初め念願のエジプト旅行を果たした。
3500年前の文化と歴史に触れ未だその感激の余韻を残している。
かくも長く遺跡建造物が残ったのは、石がその素材ということもあろうが、2~3000年前の地震で倒壊、その上を砂嵐による砂塵が覆い隠していたという自然条件も貢献したのであろう。

ナイルはエジプトの母と言われるが、今でもアスワンダムのお陰で電力の9割をナイルに依存しているという。しかし、ひとたびダムが決壊すると電力は無論とんでもない災害に繋がることもあり、エジプトのアキレス腱ともなっている。ダム近郊は一大軍事センターで撮影もままならない。

弱点の裏返しは大きな富の源泉でもある。スエズ運河がそれである。第三次中東戦争で、イスラエルの電撃作戦の一つにスエズでの船舶撃沈があった。エジプトの最大の外貨収入はこのスエズで、通過船からトン当たり1400円を徴収しているとのこと。こちらも軍事施設で緊張感が漂っていた。

第二の収入源は観光。数年前ルクソールの葬祭殿での反体制派による機関銃の乱射事件があった。スエズ運河の復旧といい、この観光問題といい、いずれも5年の歳月が必要であったと聞く。これらもアキレス腱の一つである。観光の警備体制として、各所に見張り所が作られており、観光バスには常にツーリストポリスが同乗する。

ついでに第三の収入源は出稼ぎの送金と聞いた。中東地区、特に石油産業分野に中堅技術者の多くを出しているらしい。その為小学校から外国語、特に英語教育を強化している由。残念ながらこれらの教育を受けた人達の多くが二度とエジプトに帰らないと言う。

アレクサンドリアの港からクレオパトラ時代の宮殿跡が発見され幾つかの彫刻が引き揚げられた。シーザーの胸像もその一つだ。海中の宮殿はスカイダイブで観光することが可能になっている。

アレクサンドリアからカイロに戻る電車から地平線まで広がる大農園地帯を見た。ナイルのデルタ地帯である。マケドニアのアレクサンダーやローマのシーザー、その後もエジプトがいつも外国の影響を受け続けてきた歴史の源泉がこの農園で出来る農産物にあったことを考えるとナイルの恵みも違った苦しみを代替に求めたことにならないか。

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