「北米大陸横断道路ルート66単独ドライブ」5

前回に引き続き、旅で得た情報や体験、感想の一部をアトランダムに記して、まずはこの旅のガイダンスとしたい。
旅の途中のエピソードは別途お話しします。(注)以下の情報は当時(2010年)の米国です。
12、フレンドリー(あいさつ):米国では知らぬ人同士も気さくに挨拶する。ホテルの廊下もエレベーターでも客同士が、時にはガソリンスタンドでも目が合ったら必ず「ハイ!」「ハロー」等と笑顔で声をかけあう。時にはそれが会話に発展もする。建物のドアを次に続く人の為に押さえて待つ事は徹底している。店に入ると店員からの挨拶「Hi、How are you doing」、帰る時には「Have a good day」も徹底している。それは多分「いらっしゃいませ」「ありがとうございました、またどうぞ」なのだろうが。西欧のサービスや仕事ぶりは日本と比べて概して大雑把で気配りに欠ける気がするが、だれとでも気さくにコミュニケーションする姿勢は、日本人にはないフレンドリーの良さを感じた。

13、服装、女性はミニスカートかショートパンツで生足を惜しげも無くさらけ出し、細く長い足の先にはハイヒールやミュールがキュッと引き締まった足首をさらにセクシーに見せてくれた。ファッショントレンド等には余り気を使っているようには見えない。当然だが人種、肌や髪、目の色も違う多国籍の入り交じった街行きの人々に、統一感のあるファッション等ある訳が無い。皆いたってシンプルなお洒落だった。

14、身体がデカイ割りに女性は小顔で目鼻立ちが良く、Vネックのシャツの胸元は膨らみ谷間をはっきり見せている。女性としての魅力をさらけ出す事が一種のエチケットで常識なのだろう。そう思う程で、超ミニであろうが、階段で隠す人は見ない。カメラを向けたい程の美人が沢山歩き、カフェでも働いている。勿論そうでない人も多いのだが。反面、昔の小錦にも負けない位のおデブさんも男女関係なく普通に沢山歩いてる。もし日本なら皆が振り返る程の巨体ばかりだ。

15、食生活:とにかく出て来るボリュームが半端でない。何でも普通盛りで日本の3倍以上だ。テイクアウトでケチャップを要求すると、小袋のケチャップをガバッと7~8袋掴んでくれる。ステーキに付け出しされるポテトはそれだけで満腹になってしまう。アメリカ人が太る訳だ。
味は何を食べてもまずい。高級店に行かないからからかもしれないが、まずい。そしていくら探してもどこへ行っても皆同じようなメニューで代わり映えしない。お蔭で4kg程痩せた。日本の外食産業の業態の多さやメニューのバラエティーは異常と云える程で、重ねて云いたい日本は異常だ。私はそんな日本に住めて幸せと感じた。成田に着いてすぐした事は、ラーメンとカーレーのセットを食べて、又帰宅途中の松屋でうな丼の豚汁セットを食べた。美味い、早い、安い、満足。

16、言葉:私の語学力は低次元である。旅するには困らず、行き会う外人との会話は10分程は繋がる。但しそれ以上の会話となるとお互い疲れるほど語学力不足を実感した。しかし、欧州から来る観光客、バックパッカーの若者はネイティブかと思う程達者にしゃべる。日本はもっと日常的に英語を使う環境が必要だ。

17、旅行者:3週間の間、日本人を見かけたのはほんのわずかで、その何倍も韓国人(若者)が多かった。それは昨年の欧州バイク旅行でも同じだった。韓国の海外旅行熱とソウル空港の巨大ハブ化により海外への航空券の安さもあるだろう。欧州人が多いのは大西洋を越えての飛行機代が安いこともある。特に若者が利用するホステルはほとんど欧州人だった。(10年前)

18、I D(身分証明書):アメリカでは酒は21才からで、買う事もバーやレストランでも若く見えると必ずIDを見せろと云う。もしそれなくして飲ませてしまうと営業停止になる。特に日本人は若く見える。62才の私は旅の途中何度も要求された。「私は62才です」と笑いながら云いいパスポートを見せると、必死で写真と実物を見比べた。事実であるからショックもある。

19、アメリカの気候:7月の真夏。大陸中部のオクラホマやテキサス州は直射日光が異常に強く、帽子無しで歩いたため、薄い頭のてっぺんが火傷した。これは夜シャワーを浴びた時ヒリついて痛いので気が付いた。気温は35~40度。但し、超乾燥しているので日陰ではそれほど感じない。車はクーラー無しでは1分で温室になった。バンパーでは野菜炒めも出来たはずだ。但し、サンフランシスコ当たりから北のシアトルの当たりは北海道の緯度程だから、朝晩は寒かった。

20、日本で知るアメリカとの違い:北米訪問は4回目だった。以前は飛行機で都会を周遊することがほとんどだった。今回のように全て車で移動し田舎の小さな町や村迄訪れると、私達が日本のメディアで知るアメリカの政治や都会の情報は都会発のみで情報が偏っている気がした。
国の大半である地方を回ると、日本の存在など気にかける人は皆無のように感じ、外交より今は日常の生活や街の景気に対する意識だろうと感じた。土地が広大で、地方の一般人にとってニューヨークやワシントンDCは遠く遠い存在で、地方は時がゆっくり流れている感じがした。

21、シアトルはお馴染みスターバックス発祥(1971年)の地。今では世界中に数万件あると云うが、シアトル市内だけでも約1000軒ある。タリーズコーヒーもシアトルだ。私は旅の途中、このスタバやマックに立寄り、ネット環境(無料wifi)を利用した。
シアトルは西海岸の一番北に位置し、カナダのバンクーバーへは車で3~4時間と近い。太平洋から複雑に入り組んだ入り江に繁栄した都会で気候が良く、夏は涼しく、冬も極端な寒さでないこともあり、外出も多くコーヒーが美味しく飲める環境なのだろう。

22、音楽:北米大陸の内陸あたりはラジオの多くのチャンネルがC&W(カントリー&ウエスタン)を流してた。それがニューメキシコ州やカリフォルニア州ではスペイン語の放送や音楽が多くなった。メキシコや南米からの移民(ヒスパニック)が多く、テキサス州も含めて人口の35~45%を締めているからだ。

23、セントルイスの大リーグ
シカゴからルート66に沿った高速道路インターステイト55号で200マイル離れたセントルイスへ。大リーグ・田口(当時)のいるカージナルスの本拠地だ。その夜ドジャース戦があった。街のど真ん中にある球場の灯りと大歓声に誘われて7回表あたりで外野ゲートに立った。「チケット売り場はどこですか?」と聞くと、係のおばちゃんの機嫌が良かったのか「いいから入りなさい」と肩を押された。大雑把なのか、親切なのかラッキー。大リーグ球場のスケールの大きさや、イニング間のアトラクションや観衆のはしゃぎぶりは半端でなく、米国における野球に対する愛着心の大きさを知った。そんな始まりで私の旅はラッキーの連続となった。

注:2010年のルート66ドライブの思い出でした。

~つづく~

東賢太郎

 


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