「宮沢賢治」人気の秘密(5)

4.賢治の魅力

この小文を書くにあたり、現地調査、インターネットや図書館などで情報を集めた。近くの図書館に行くと、宮澤賢治に関する本だけで、30冊あまりが並んでいた。一説によれば、賢治研究の書は300冊以上にのぼるという。

宮澤賢治生誕百年にあわせて、松竹、東映で作られた2本の映画もレンタルビデオで見てみた。同じ人物でも、2つの映画では別人のような描き方をされている。一体どちらが実物に近いのかは、私にはわからない。個人的には、東映の作品は、やや軽すぎ、松竹の作品の方が私にはしっくり受け入れることができた。松竹の作品で賢治の父親役を演じた仲代達也は、この役をギャラを取らずに演じたと聞く。

賢治の作品のほとんどは、彼の死後に発刊されたものである。彼の生前には、『注文の多い料理店』と『春と修羅』の2冊しか出版されなかった。しかも、売れ行きはよくなかった。多くの芸術家の例に漏れず、賢治もその死後になってようやく、文学的真価を認められるようになった人物である。

人の意見に耳を貸さずに自分の信じることに突き進むのが、賢治の欠点でもあり、長所でもある。彼が、父の反対や周りの非難にも耐え、自ら信じることを実行できたのは、それが自分のためでなく、周りの困窮した人々を救うという目的から発したためではないかと思う。

その基本にあるのは、法華経、より広く言えば大乗仏教の思想である。賢治は、仏道修行を通じて、「宇宙の意志と一体になって生きる」という境地に至ったのではないかと推測される。「勝ち組」「負け組」という言葉が氾濫する現代社会において、人々は、なんとか「負け組」に落ちまいと必死になる。あるいは、「勝ち組」に対して嫉妬の念を抱き、もだえ苦しむ。しかし、「他人の幸福を願うことこそ宇宙の意志である」と感じ、その意志に従って生きようとするならば、そうした苦悩はどこかに吹き飛び、より次元の高い境涯に到達できるのではなかろうか。

生きていくからには、何らかのストレスを受けるのを避けることはできない。他人の仕打ちに腹が立つこともある。しかし、もう100年もすれば、この世を去っていくという運命は皆同じである。人それぞれ、楽しくもあり辛いことも多い人生を歩んでいる仲間だと思うと、賢治の書き残した「決して嗔(いか)らず」という心境に近づくことができる。37年という短い人生ながら、賢治は透明感ある崇高な境地に至った。それが、人々の心をつかみ、多くの宮澤賢治ファンを生み続けている理由ではないだろうか。

 

齋藤英雄


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