ヴァン・ゴッホ終焉の地 ”オーヴェール シュル オワーズ”

過日フランス南部プロヴァンスのローマ遺跡でアルルの町を紹介させて頂きました。
現在のアルルはヴァンセント・ゴッホの名前で観光客を呼ぶ街になっています。ゴッホは当地でゴーギャンと同居するうちに仲違いが原因?で自分の耳を切り落とします。そして精神病院を経て今日ご紹介のオーヴェール(Auveres sur Oise)に参ります。

 オ-ヴェールはパリの北北西30キロ、セーヌ河の支流オワーズ川に寄り添う風光明媚な、そして聊か寂しい街です。まずドービニーが自身の小舟のアトリエでオワーズ河流域にアトリエを構えたのが1860年頃、その後このオワーズ川の岸辺の風情が多くの印象派画家を呼びました。セザンヌ、コロー、ピサロなど・・・

アルルで精神を病んだヴァンセント・ヴァン・ゴッホをこの地に連れて来たのはゴッホの弟テオドール(通称テオ)、ピサロがテオに教えたと言います。テオはパリで画商をやっていて画家達とは近い距離にあったようです。ゴッホが描いた絵の一枚に「ガシエ医師」がありますが、この医師は絵画の収集家でもあり精神科の医師でもありました。パリで医師をしていますが鉄道が開通して非常に便利になったこともあり、パリとオーヴェールを往復していたようです。この医師はフランス独特と思われるミネラル系の漢方(免疫療法の一つ)を研究していたらしい。残念ながら効果を見る猶予もなくゴッホはピストル自殺を計ります。オーヴェール滞在わずか数か月の滞在でこの地で他界しました。(1890年7月没)この間に数十点の作品を描いたと言われます。)

 弟テオもすぐあと追って亡くなったようです。やはり精神を病んでいたようです。(1891年1月没)

ゴッホ兄弟の墓を訪ねました。(1989年暮れ)(左がヴァン・ゴッホで右がテオの墓です。)

ゴッホが自殺を図ったと言われる館(シャトー・オーヴェール)の裏庭、代表作の一つ「ノートルダム教会」(12~13世紀)、そして写真でご紹介の墓地、村役場、ゴッホ美術館などが見どころでしょう。


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