白衣の王妃の黒い部屋=シュノンソー城

週末のパリは観光客であふれます。土曜日はお土産や自身の買い物、日曜日は観光です。その観光ですが通常は私の気分で行く先を決め来客にご一緒頂くのですが、特に日の長い春から夏にかけては好んで郊外をご案内しました。パリの東西南北沢山の名所があります。その中の一つがロワールの古城巡りです。城の数は数えたことはありませんが100前後はあるかと思います。

一口で城と言ってもこの地方には古くは城塞、城館、そして館すべてがシャトー(城)です。中世以降城塞に生活味を加えて城館に、更には最初から生活を目的に館を作ったのでしょう。

今日ご案内のシュノンソー城は最後は館ですがスタートはロワール川の支流(シェール河)に掛かる水車小屋でした。水車は粉ひきが目的ですが誰でも持てるものではありません。当地の領主の許可のもと、収入の一部を上納することで認められたものです。話によれば最初の持ち主は領主の財務官だったとか。お金持ちでもあり館にしようと考えたが仕事が忙しく、館の建設を奥方に一任したとのこと。その結果極めて優雅な館が出来上がったと言います。その後アンリ2世の愛妾が居住、この辺りから改装や増築、庭園の整備などが続き、更にアンリ2世のお妃ルイーズ・ド・ロレーンが居住しますが、夫アンリ2世が暗殺され、悲嘆にくれた彼女はその後「白衣の王妃」として「黒い部屋」で生涯を終えることに。この間さらに改装と庭園の拡大など王宮として優雅さを増したとのことです。

何度もこの城館を訪ねているが団体旅行でもなく案内の説明は聞いていなかった。城館には礼拝堂、宴会場、幾つかの居室が鮮やかな装飾で飾られているが、一室だけドアが閉まっている部屋がありました。何気なくドアを開けた時、一瞬「これは公開の部屋ではなく、物置か?それとも未改装の古い部屋か?」と思った次第です。後で知ったのですが、この部屋が「白衣の王女」が夫アンリ2世が暗殺された後、彼を偲びながら余生を喪に服したと言う「黒い居室」だったと知った次第です。

(城館の写真は私のアルバムからで1992年、右に大きな庭園が広がります。部屋の写真はネットからです。)


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