フランスあれこれ(16)ラングドック(南仏)の想い出=フランスの別世界=

50年以上前の思い出です。パリに赴任して暫くの頃、内地から一通の手紙が来ました。調査依頼です。内容を簡単に説明します。粉末ジュースなど食品添加物の一つ酒石酸と言う化学品があります。酸味料の一つとして欠かせないものですが、従来フランスのマルセイユの「カサドー商会」から輸入されていたが、最近カサドーさんが亡くなったため連絡がつかず商品の調達の目途が立たなくなった。至急実情を調査して対案を探してほしいというもの。早速行動を開始したもののどうしても電話がつながらないので、ここは行くしかないと夜行列車でマルセイユに向かいました。

マルセイユには早朝の到着で時間を持て余し、駅前で朝食、公園を散策、やっと目的地に到着して目にしたのはドアに貼られた手書きの案内でした。内容は単純ですが極めて読みづらい文字でしたが何とか記載の連絡先をメモして公衆電話からコンタクトを試みました。

私はまだまともにフランス語が出来ない頃で電話の相手は英語が出来ない、それでも何とか住所を教えて貰って伺うことが出来ました。さほど遠くないお宅に伺ったのですが、玄関先で待って頂いたようでした。若い人でしたが急遽仕事をお休みして私に面談することにした様子。英語とフランス語双方ともたどたどしく、筆談も交えての会話でした。

カサドーさんは日本人でフランス人と結婚、長くマルセイユに住んでいた。面会の人はどうやら奥さんの関係らしい。でも仕事の内容は殆ど知らないという。それでも彼から耳に入ったのはマルセイユに酒石酸のメーカーがあること、その原料はワインの搾りかすで「アルゴール」とか「タートル」と言い、ベジエという町の商工会議所が力を持っているなど。

マルセイユの駅に戻って電話帳で耳にした酒石酸のメーカーを探して早速電話。先ほどの面談者の紹介だと話してすぐに訪問することが出来ました。社長直々に面談、極めて有意義と言うか、先方もちょっと途方に暮れていたタイミングだったらしい。ここでもカサドーさんに全幅の信頼をしていた様子で私に対しても丁重、しかもすべてを教えてくれた次第で順風満帆という結果でした。

ここまでの状況を事務所に電話連絡してマルセイユにもう一泊、更に原料のワイン滓事情を調べておこうと考えて翌日ベジエに向かうことにしました。ベジエはマルセイユから列車で2時間くらい西方。ベジエの駅で商工会議所を教えてもらって直行、何とか事情を説明して紹介されたのが“Tartre Union”(「タルトル・ユニオン」あえて言えばワイン滓組合)と言う同業組合、小さな事務所だったが待つこと暫く大物らしいお爺さんが現れた。これがまた全く言葉が通じない。歯がなく口先でもぐもぐ喋っているのだがどうもフランス語でもなそうだ。一人二人と関係者が駆け付け来たが矢張り殆ど通じないまま時間が経過した。お昼近くなって車に乗れという事で案内願ったのがワインヤード、広大な見渡す限りのブドウ畑だった。

そして大農園の中央にそびえる背の高い矢倉に着いた。1階は作業道具置き場でトラックターなども散見、階段を上がった2階が結構広い食堂兼居間、四方が窓になっていて遥かな彼方まで見渡すことが出来る。彼は黙って窓を開け、ポケットから笛を取り出し一発“ピー・ピーピー!” 畑のあちらこちらから黒い頭が見えた。出稼ぎ労働者が皆さぼっていたという事らしい。同時に我が農園はこれほど広いのだ!と私に示したかったのかもしれない。そこでワインを開けてしっかりご馳走になって事務所に戻り、ちょっとドタバタしているうちに学生らしいのが現れた。英語の通訳の心算だったようだが残念でした。

パリに帰った翌日、秘書にこの同業組合の長老に電話をさせて会話の内容を確認しようとしたのだが、これがまた不思議。言葉が通じなかった。秘書が電話にかじりついて汗をかきながら顔を赤くして必死に説明しているのだが一向に通じない様子。私がすぐにわれらが事務所の長老(ご存知のメムランさん)を呼び秘書に代わらせたがやはり思うように通じなかった。我が長老いわく、相手はフランス語をしゃべっていない!でも明後日通訳を連れて上京、即ちパリに来ることになったと聞きました。

長老の説明によると、この地域は“Langue d’Oc”(ラングドック)と言って今でも古くからの方言が日常使われているようだ。フランスの憲法で「フランス国民はフランス語を国語とする」と規定されているのだが・・・という事だった。この地方ではオック語と言う方言を使う事からLangue d’Oc即ちオック語地方(ラングドック地方)と呼ばれる由。

その後ベジエの長老が通訳を連れて現れ、すべての事情が判明した。私が最初にあったカサドー商会関係の人の話、酒石酸製造メーカーを訪問したこと、私の行動の全てが耳に入っていた由。カサドーさんが亡くなって立ち往生していた時に私が現れたという事らしい。

フランスワインに詳しい人なら「ラングドック」という言葉は聞かれたことがあると思います。著名なワインのブランドの一つです。この地方のワインは天候に恵まれ大量生産されるので良いワインでも価格的に高い評価にはならないそうだ。そこで地域を限って、例えば「ラングドック・ルシオン」などと銘打ってブランドの差別化を図っている様子。

余談は止めて仕事の方?ですか。お蔭で極めて順調に新しいビジネスがスタート出来ました。緊急事態に需要と供給ががっちり握手と言ったところでしょうか。

(追記します。多分この地方の今の人たちはしっかりフランス語を話していると思います。この思い出話はあくまでも50年以上前の経験です。)

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