フランスの風刺画とパリのテロ事件(2015年1月7日)

皆さんご存知の風刺画ですが、フランスの風刺画は私としては聊か違和感を感じると言うか、やりすぎの感じが否めません。フランスの人たちから色々教えられることの多かった私ですが、二度の駐在の後も、そして帰国して20年以上の経過の今もこの思いは変わりません。

フランスの風刺画は18世紀末のフランス革命後特に人民の想いに近づきフランス人の心をとらえたと言われます。風刺画の対象となったのは国王に王妃、その後の帝王や大統領、更には歴史上の人物や時の人たちがその対象となりました。しかし同時にこの種の風刺画はこぞって教育の材料として注目を集めてきたという側面を持っています。歴史的な社会事象を考察する際、ちょっと見る角度を変えて考える、これぞフランス人のエスプリの根源なのでしょう。

そんな中2015年1月7日パリでシャルリー・エブト事件(銃の乱射によるテロ事件)が発生しました。シャルリー・エブトは歴史と実力を備えたパリの風刺画新聞社で、この日編集長を始め画家やコラムニスト、更には警備の警察官までを含む12名が射殺されました。そして翌日、翌々日と郊外でテロが続き、合計17名が犠牲者となりました。犯人はイスラム系移民の子供でフランス生まれのフランス人の若いグループ。そして問題はイスラム教の預言者ムハンマドを風刺したことにありました。

政治と宗教の完全分離を憲法で定めたフランスに今や多くのイスラム移民が殺到しています。特に教育の現場に宗教のシンボルである十字架やスカーフの持ち込みを禁止していますが、イスラム教はこれを認めません。教育現場で色々混乱が絶えなかったと報道されています。

言論や表現の自由と言いますが神や国民の選んだ大統領迄が風刺の材料になるのは如何なものでしょうか。人格の否定迄憲法で保障されている訳でもないと思います。幸いにして日本では歴史上の人物を含めこの種の風刺の対象となったケースは少ないのではないでしょうか。だからと言ってテロ事件を肯定するつもりは全くありません。テロを起こすレベルまで人の恨みを買う風刺だったいう事ではないでしょうか。

私は胸を張ってフランス人に申し上げたい。少しは他人への想いを考えた発言や行動を、そしてその思いの欠けた(人格を否定する)行動や発言を「表現の自由」と言うのはいささか身勝手過ぎませんかと。


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