ある土曜日の午後、デルフトの運河沿いにたくさん並んだ骨董市を覗きながらブラブラ歩いていると、胴の張った銚子のようでもあり、一輪差しの花瓶のようにも見える陶器製の奇妙なものが目に止まりました。手に取ってみると、これまた何やら妙な手書きの文字が書いてあります。NIPPON SHOYUとアルファベットで書いてあるのはちゃんと読めますが、後は漢字の形を真似て書いたらしい漢字にはなっていないものが書かれています。明らかに、漢字を知らない人がそれらしく書いたのがすぐに分かりました。物好きだと自分自身も思いながら、興味本位ですぐその場でその奇妙なものを買いました(写真1)。正確な値段は忘れましたが、20ギルダー(1000円強)程度だったと思います。そして、その次に何週か後にまた似たものはないかと骨董市を捜してみると、意外にもよく似た形の瓶で「商標 富士 日本醤油」あるいは「商標 藤 日本醤油」などと青く印刷され陶器製の瓶が見つかりました(写真2・3)。

江戸時代、長崎には醤油・酒などの輸出組合(コンプラと呼ばれていた)があり、波佐見焼の陶器製の瓶(写真4)に入れた醤油や酒などを輸出していました。瓶の表示は「JAPANSCHZOYA」とか「JAPANSCHZAKY」となっています。私が見つけた2つのものは明らかにそれとは違います。特に、「商標 富士」と書かれたものは、日本に商標制度が出来てから以降のものであるはずなのです。因みに、日本に商標制度ができたのが1887年(明治17年)ということなので、それ以降に作られた瓶ということになります。実際、その後も骨董市ではいくつか似たものを入手することが出来ましたので、やはり明治期以降はいくつかの醤油製造業者が各自の商標で輸出していたようです。

さて、最初に見つけたちょっと怪しい醤油瓶ですが、商標をつけて取引されていたものを意識的にコピーする形で日本以外の漢字が読み書きできない国の何者かがいわゆる海賊版として販売していたのではないかと疑われます。また、商標を使うことは遠慮したのか、書かれている手書きの文字様のものからは、「本場」という漢字を書こうとしていることが窺えます。また醤油の「醤」の文字が形になっておらず、結果として日本人から見れば実に不思議なデザインになっている瓶なのです。つまり、この瓶を使って醤油らしきもの(?)を販売していた者、またそれを買う者にとっては、NIPPON SHOYUとさえ正しく書かれていれば、後の漢字は雰囲気だけで別に正しくなくてもよかった。それらしい単なるデザインだったのかもしれません。

しかし、一体どんな人物・組織がかかわっていたのか?少なくとも日本人ではなく、さらに漢字を正しく読み書きできる国の人間ではないことだけは確かでしょう。オランダかどこかヨーロッパの国の者で、日本から醤油を輸入すれば売れる、儲かることを知っていた者ということが推測されます。果たして、内容物が本当の醤油だったかということさえも疑わしくなります。この謎は未だに解けてはいません。しかし、正体不明のまま、その怪しげな瓶は20年以上も我が家に鎮座しています。

写真1 写真2 写真3 写真4 江戸時代のコンプラ瓶

 

 

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