追憶のオランダ(55)ほろ苦い初のイースターホリデー

オランダで家族とともに生活を始めた翌年の春、初めて経験するイースター(復活祭)の休みにギリシャへの家族旅行に行った。慣れぬこともあり、現地案内人付きの団体旅行を選んだ。それも日本人ばかりの20人ほどのグループで。

あちこちとギリシャの3日間を楽しんで帰りの日の日曜日。翌日からはまた仕事が待っているというやや重い気持ちで、その日の昼過ぎ発のアムステルダム行きの便に乗るべく空港へ行き、いざチェックインをしようとすると全員の席がオーバーブックのため全く確保されていないことが判明。当然のことながら、皆一斉に旅行会社の現地スタッフ(うら若き女性)に文句を言い出し、彼女はオタオタしながらも航空会社(KLM)の窓口で交渉を始めた。しかし、一向に埒が開かず、筆者も含め父親連中が揃ってチェックインカウンターでゴネることにした。おそらくは、この添乗員が帰りの便のリコンファームをし忘れたのではないかと思ったが、ともかくゴネ続けた。カウンターの係員は何度も電話で誰かとやりとりしていたが、その結果ブリュッセルで乗り継ぐ便で何席か確保できた。しかし、依然として6名分は席がない。しかもそのブリュッセル行きはアムステルダム行きの便より出発時刻が少し早く、もう出発が迫っており、どうするか決断を迫られた。そして、それぞれの家族が代表して誰が先にこの便に乗るかじゃんけんで決めた。勝ちぬけた家族は負けた2家族の6名にその場でサヨナラをして急いでゲートに向かってしまった。私たち2家族はじゃんけんに負けて残されてしまったのだ。

残されやりきれなかったが、さらに窓口で粘り続けざるを得なかった。もうこの際、「どこ経由でもいいから、モスクワ経由でもイスタンブール経由でもいいので席はないのか、何だこのサービスは。」とか言いたいことを言い続けたところ、これまた不思議、すぐに同じブリュッセル便でさらに3席追加で確保できたのだ。なんだ、6席ではないのかとガッカリしつつ、また、じゃんけんをし、憐れここでも私はまた負けてしまった。よくよく運がなかったのだ。しかし、娘も女房も、反対に喜んでいる様子。「もう一泊して遊んでいける、無理して急いで帰ることないよ、飛行機がないんだもの仕方ない。」と至って呑気なもの。私も一瞬そう思いかけたが、やはり翌日の仕事のことを気にせずにはいられない。

後の3人の家族ともすぐに別れて、今度は一人でカウンターに張り付くことになった。気の利いたセリフも言えないが、冗談らしきことも多少は言いながら、係員と話していた。初めてのイースターで楽しかったが、最後のこの瞬間の出来事ですべて台無しになったというようなことをまくしたてていた。すると、話していた係員が奥に入ってしまったので「これで万事休すか~~、さっき別れた連中はもうブリュッセル行きに搭乗した頃かな。」などと独り言を言いながら半ば諦め気分で待っていた。しかし、しばらくすると先程まではあまり愛想も良くなかった係員が満面の笑みで戻って来たではないか。そして私の名前を呼び言うことには、「お客様、(当初予定していた)アムステルダム行きの便で3席確保できました。すぐにゲートへお急ぎください。」と。何ということだ!一瞬わが耳を疑った。そして、娘はこれにはがっかりしていたようだが、ともかくゲートに急いだ。走りながら搭乗券を見ると3席はバラバラではなく、なんと横一列の続きの席なのだ。

そんなドタバタがあったが、オランダに帰りあとで聞いた話では、じゃんけんに勝って先にブリュッセル経由で出発したはずの他の人たちはアムステルダム行きの接続にかなりの時間があったため、結局家に帰り着いたのは最後までアテネに取り残さそうになった我家の方だったというオチまでついている。じゃんけんも、たまには負けてみるのもいいかな・・・。

この話には、さらにおまけの話がついているのだが、それはまた別の機会にお話しましょう。

 

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