赴任して2年少し経ち、新しい外国生活にも慣れた頃、トラベルライターである友人から取材協力をお願いしたいとの連絡が入った。旅行雑誌の取材でシンガポール出張が決まったので、現地事情の提供に是非協力してほしいとのことだ。地図で名のある出版社Sが発行するガイドブックの編集長としてカメラマンとライターとを引き連れて三名で来星するという。

取材班は、カメラマンのMさん、ライターのIさん、リーダーの友人Mの3名のチームだ。今回の彼らの仕事は、海外旅行ハンドブック「海外食べあるき・ショッピング」シリーズのシンガポール編を担当するものだった。その時までに、①ハワイ、②香港、③台湾、④韓国と刊行済みでシリーズ5番目となるということだ。この種のガイドブックは履いて捨てるほど溢れているので何か他誌にはない特徴を持たせたい、できれば現地在住の日本人しか知らないような穴場的なところを教えて欲しいという。

実は、私には彼から連絡があったときにすでに一つの腹案があった。この友人とは小学校一年生でクラスメイトになって以来の長いつきあいで、私自身の人生にとって多かれ少なかれ影響を与えた人物である。その彼からの依頼に喜んで応じたのは言うまでもないし、彼が何を期待しているかは聞かずともわかる間柄であった。彼との思い出話は数多くあるので別の機会に改めて書きたいと思っているくらいだ。

どんなガイドブックでも外す訳にはいかないグルメスポットやレストランをひと通り回った後、そこに連れて行った。目的の小さな食堂は、チャイナタウンの一角にあり、おばちゃんが1人で腕を振るって評判をとっていた。そこで提供される炒飯が、当時、日本人の間で話題になっていて、それは「幻の炒飯」と呼ばれていた。

特徴はとにかく蟹がいっぱい入っていて他では味わえない豊かさを感じることのできる大好きな味だった。値段は、通常の3倍(S$10)するので、後でもめることを避けるためでしょう、おばちゃんが、10ドルだけどいいんだね?といつも必ず確認してから作り始めるのだった。

当時の私の仕事は、何でもいいからこの支店で一人食べていけるようにすることが課題だったので、とにかく東南アジアを歩き廻っていた。とりわけ、シンガポール国内のレストランやホテルを廻り、食品原料の流れなどを調査することも仕事の一貫として必要なことだった。

あちこちのレストランと親しくしていたおかげで取材にも協力的だったので、時間の許す限りできるだけ沢山のところに連れて廻った。でも、チームが最も気にいったのは結局「幻の炒飯」で、この本の目玉にできるととても喜んでくれた。私としても「してやったり」で小さい頃から「ウマが合う」と言われてきた、友人と私の感性がぴったり一致したということの証明だった。

取材が一段落したころ、このチームに自宅に来てもらい食事を楽しんだ。家内も、彼が2度目の世界一周旅行直前に大阪で会って以来の再会だった。家内に故郷の話をするときはいつでも彼の名前が登場したし、よく知っている存在だったのでお互い遠慮も無用で話がはずんだ。さらに初めて会う二人のメンバーからも最近の日本の状況などを聞きながら杯を交わし楽しい一夜が更けていった。

上記の私の友人「M」は、後に、代官山蔦屋が新業態で華々しく開店した時に、旅行本コーナーの初代コンシェルジュを任された人物です。ここを訪れて彼にお勧めの本を聞きそれを読んで旅行したお客さんが、その本のおかげでとても良い旅行ができたとお土産まで買ってお礼に来てくれたというエピソードがあるほど人気を博しました。おかげでテレビやラジオの取材も多く彼は一時有名人になっていました。充実した人生を送っていた彼でしたがほどなく病気で帰らぬ人となってしまいました。せめてこの記事を読んでくれていたら嬉しいと思ったのですが・・・。(合掌)

(蓬城 新)

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