荻悦子詩集「樫の火」より~「水位」

水位

鉱山の跡で採って来た石を
幼い子が放り投げた
庭石に当たってカーンと音がした
午後三時五十九分

川に近い小屋に繋がれた猟犬が
いっせいに声を上げた
獲物を追い立てる声ではない
餌をねだる声でもない

ふっと漏らしたため息に
細い声が乗ってうねる
辺りの犬という犬がそれに合わせ
高く尾を引いて人のように鳴く

子供たちははっと顔を見合わせ
鉱石をつつくのをやめた
二人の足元で
鉱石は乾いた墨汁のように照っている

犬が河原に飛び出してきた
水際までワイヤーが一本張られている
犬は五匹
鎖の長さだけ互いに離れ
吠えながら
ワイヤーの左右を疾走する
鎖の先を留めた金属の輪が
シャーシャーと滑る

犬の鼓動
根の悲しみが
禍々しい金属音となって
冬の山峡に響く

川の水は日を追って減り
向こう岸の岩壁に
まだ濡れて
昨日の水位が印されている

荻悦子(おぎ・えつこ)
1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。

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