荻悦子詩集「時の娘」より~「市街図」

市街図

薄緑の街を
大男の司祭が
スクーターで行く
英会話のレッスンでは
プロテスト・ソングを歌わせる
イフ アイ ハッド ア ハンマー
声を張りあげる生徒たち
東洋の島国の
小さな河口の町では
黒人の抵抗歌も
陽気に叫びちらされる
私が次の角を曲がるまでに
司祭は中古車を買うだろう

次の広場では
娘たちがざわめいていた
愛がなければわからないことが
あるってこと
あなたにわかる?
うろたえろ うろたえろ
わからないと言え
シンメトリーの庭園の
御影の石盤に
七月の黄色い太陽は回りつくし
予感は確かになるのだった
この広場からも
私はすでに旅立っていると

司祭はとうにアイオアに帰り
娘のひとりは
インフレだからとヨーロッパに行った
初老の夫婦が
庭にキゥイを実らせることを思いつき
辣腕の歯科医は
甘いバイオリンを好きと言う
この街は
紫陽花色に彩色しよう
運んできたいくつものまなざしを
淡彩の市街図として凍結し
過ぎてきたいくつかの街を
並列のものとして抱え込む
新しい夏のために

荻悦子(おぎ・えつこ)
1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。

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