続おぼろげ記憶帖 (10) Café (カフェ・喫茶店)

街の辻々、5分も歩けばまたカフェ、それほどあちこちにあります。中はカウンターと座席。外には丸いテーブルと座席がビニールの籐編みで重ねて片付けられる椅子がひしめくように置かれています。大抵はおなじみ客が多く、出勤前にun café と言ってエクスプレッソをクッと飲んでいく人、ビールを一杯引っかけていく人。午後から夕方には旅行者、そぞろ歩きの人達のひと休み、カウンターに寄りかかって店主と駄弁っている男性。色々な役目を果すのがカフェです。

1960年代にはジュトンというコイン買って公衆電話を掛けていました。それはブルターニュ地方の岬から岬の突端まで車を走らせてバカンスを過ごしていた時のことでした。パリの事務所には毎日連絡を取っていました。相手の電話番号を申し込んで繋がるまで相当に長い時間が掛かりました。1時間も掛ったことがあってその日の日程をこなせなくなり困ったこともありました。今では信じられない古きよき時代?これが本来のフランス風バカンスなのです。ここで草履のように大きいサイズのステーキとポテトフライ、山盛りのサラダを食べながら電話を申し込むという事も出来たのですが相手も昼休み!上手くいくことが少なかったように記憶しています。

パリの中のちょっと洒落た人気の老舗Cafe。モンパルナスのロトンドやクーポール、 サンジエルマンのフロールやデユ マゴ、 オペラ座のカフエドラペ、シャンゼリゼのフーケなどいくつかあります。観光客の集まるCafe、画家たちのたまり場になっている所などそれぞれに特徴があります。ここでは入り口に入ってギャルソンの案内で着席。注文を聞きに来るまでじっと我慢。他のギャルソンに声を掛けても無視されます。それはテーブルの何席かを個々に営業する権利を持っているからです。当時はチップを10%以上自分で計算してテーブルに置く、おつりを受け取ることは決してなくそれは野暮なことでした。お馴染みさんや上客になると相当高額なチップを置きます。それがギャルソンの収入。それで長い時間をゆったりと過ごすことも何かしらの便宜を図ってもらう事も出来たようです。その権利を売ってハッピーリタイヤー(引退)をするのです。今はもうレシートにサービス料も打ち込まれてきますからチップもほとんど置かなくなりました。時代の移り変わりを感じます。そんな高級Cafeでも床にハンドバックを置いてお喋りに夢中になっている間に少しずつ引きずられて無くなっていたという物騒な話。シャンゼリゼのCafeで トイレに行ったまま帰って来ないという摩訶不思議な誘拐事件もありました。またホテルに併設された有名なCafeで赴任早々の夫が軽く一杯と夕方ワインをご馳走になった時おつまみは白い豆腐のような軟らかいものが出て来て名前を聞いても教えて貰えず “とにかく食べてみて下さい” とのこと。後で鹿の脳みそであったことが判りました。ジビエの季節で高級なゲテモノ。またとないチャンスだとご馳走したフランス人は食べて見たくて招待したのでしょう。以後食べたいと思わなかったようですし、その機会もなかったようです。まだまだ話題の多いであります。

                                東 明江

 

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