卒都婆姫の 思い出語り

卒都婆姫の 思い出語り
「世阿弥と福澤諭吉」(4)

前回は「能」における「物狂い」と、西洋のオペラにおける「狂乱の場」で演じられる「狂気」について述べてみたが、今回は能楽理論で最も重要と考えられている「花」について、「時の花」と「まことの花」そして「しおれた花の美しさ」に […]

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「世阿弥と福澤諭吉」(3)

前回は『風姿花伝』第一「年来稽古」(各年齢に応じた稽古のありかた)について述べたが、今回は、第二「物学」(役に扮する演戯の方法)から記述していきたい。 第二 物学(ものまね:役に扮する演戯) ~役に扮する演戯というものは […]

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「世阿弥と福澤諭吉」(2)

著書『風姿花伝』(『花伝書』)では、観客に感動を与える力を「花」として表現している。 “少年は美しい声と姿を持つが、それは「時分の花」に過ぎない。能の奥義である「まことの花」は芸の花についての工夫(修行)から生まれる。「 […]

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「世阿弥と福澤諭吉」(1)

世阿弥(1363~1443)とは、日本の古典芸能に興味の無い人でも名前くらいは聞いたことがあるであろう、現代の日本人には難解な哲学のような古典芸能を父・観阿弥(1333~1384)と共に親子二代で大成させ、その芸術論を著 […]

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オペラ『蝶々夫人』の魅力(2)

プッチーニの有名なオペラ『Madama Butterfly』の蝶々さんは15歳。オペラの設定は明治初期なので数え年であろうから、現代では13~4歳のあどけない少女であろう。 蝶々さんがモデルとされているらしいのは山村ツル […]

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オペラ『蝶々夫人』の魅力(1)

きれいに着飾った舞妓さんたちのかわいらしい舞姿! 2013年7月21日(日)のことであった。京都祇園甲部歌舞練場での舞の会を見学した。(台湾から日本舞踊の萱老師も出演していた。)次から次へと舞を披露される出演者の艶やかさ […]

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天才と凡人~中川牧三―近代日本の西洋音楽の歴史を創った人物~14(最終回)

* 「天才とは天性の才能である。」(広辞苑より) 結果だけを見て、凡人には想像も出来ないことを成し遂げる人間を私達は単純に天才と呼んでしまう。~「天才と凡人(1)」より~ *「シューベルトは梅毒の病魔が脳を侵し、その正常 […]

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天才と凡人~中川牧三―近代日本の西洋音楽の歴史を創った人物~13

「天才とは天性の才能である。」(広辞苑より) 結果だけを見て、凡人には想像も出来ないことを成し遂げる人間を私達は単純に天才と呼んでしまう。拙文初回(1)の冒頭に述べた言葉である。 「天才とは1%のひらめきと99%の努力で […]

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天才と凡人 中川牧三 近代日本西洋音楽の歴史を創った人物12

天才と凡人~学問研究に対する姿勢 「私が中川先生の偉大な特徴(天才性?)として注目していることに、先生の驚くべき人脈がある。」と前回述べたがその人脈作りの方法とは・・・ 最大理由は「近衛秀麿氏を後見人として共に洋行された […]

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天才と凡人 中川牧三近代日本西洋音楽の歴史を創った人物11

私の最初の大学時代はといえば専門分野の声楽研究に没頭、そして仕事(ピアノ・声楽・合唱の指導、発表会の開催)にも全力投球。つまり一般教養等は履修届けを出し、試験を受けられるだけの出席日数を確保して試験前の2日だけ参考書を読 […]

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天才と凡人~中川牧三 ―近代日本の西洋音楽の歴史を創った人物~10

例えば、先生のお宅に注文楽譜(一冊)を届けに来られたのは、有名な京都十字屋の会長でそのままお部屋で先生と雑談(私も同席)。 また先生がお電話中にくしゃみをされると、30分後位に「近くを通りましたので」とその電話の相手、阪 […]

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天才と凡人~中川牧三―近代日本の西洋音楽の歴史を創った人物~9

「上品な紳士がつかつかと楽屋に来られ、誰だろう、見たことがある人だが、と思っているうちに、以前からの知己という感じで近寄ってこられた。その言葉の中にこもっている気持ちの細やかさ、それに握手したときの、こちらの手を包んでし […]

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天才と凡人 ~中川牧三―近代日本の西洋音楽の歴史を創った人物~その8

・欧州留学 バイオリン留学:昭和5年(1930年)近衛秀麿氏と共にシベリア鉄道でヨーロッパへ渡る。 先ず、ベルリンでは一番偉い先生カール・フレッシュ(1873~1944)に師事するがアドルフ・ブッシュ(1891~1952 […]

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天才と凡人 ~中川牧三―近代日本の西洋音楽の歴史を創った人物~その7

洋行前 中学から京都の同志社へ(賛美歌=歌=を歌いたくて同志社を選ぶ)、しかし兄上が二商(現在の北野中学のところ)の卒業生のため一年で二商に転校させられる。 二商の校長大沢渚によるアメリカの教育方法により英会話(イギリス […]

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天才と凡人 ~中川牧三―近代日本の西洋音楽の歴史を創った人物~その6

先生は101歳の時に(故)河合隼雄(元京都大学名誉教授:日本でユング派心理療法を確立した臨床心理学者:元文化庁長官)氏との対談による自伝『101歳の人生をきく』(講談社)を出版されている。 本の最後に書かれていた小さな「 […]

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天才と凡人 ~中川牧三―近代日本の西洋音楽の歴史を創った人物~その5

一般人(凡人)にとって非常に困難なことを容易に出来る能力を天性として持っている人を天才というのなら、福澤先生も中川先生も正しく天才といえる。 今回は日本では一般に余り知られていない中川牧三先生について、先生の存在で日本の […]

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天才と凡人 ~中川牧三―近代日本の西洋音楽の歴史を創った人物~その4

(前号から)偉人としての福澤諭吉と、近衛家のプリンスで著名な作曲家の秀麿氏、中川先生とを同列に論じるのは、中川先生をご存じない方が苦々しく思われるかもしれない。 しかし、先生は声楽家でありながら近代日本の音楽(洋楽)の歴 […]

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天才と凡人 ~中川牧三―近代日本の西洋音楽の歴史を創った人物~その3

(前号から)この逸話を私がおもしろいと感じたのは次の逸話を思い出したからである。 それは、音楽の恩師で日本イタリア協会会長だった(故)中川牧三先生が若い頃、作曲家の近衛秀麿氏と一緒にヨーロッパを訪問されたときのことだった […]

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天才と凡人 ~中川牧三―近代日本の西洋音楽の歴史を創った人物~その2

(前号から)諭吉は兄の供をしての長崎遊学(1年間)で初めてオランダ語の原書を読む。 「私は、オランダ医学の先生の家に通ったりオランダ語通訳の家に通ったりしてひたすら原書を読んでいた。原書というものは初めて見たのであるが、 […]

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天才と凡人 ~中川牧三―近代日本の西洋音楽の歴史を創った人物~その1

天才と凡人 「天才とは天性の才能である。」(広辞苑より) 結果だけを見て、凡人には想像も出来ないことを成し遂げる人間を私達は単純に天才と呼んでしまう。 「シューベルトは梅毒の病魔が脳を侵し、その正常と異常の狭間で『冬の旅 […]

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