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インドネシア

インドネシア回想記(8)

インドネシアの主要都市 その2 中部ジャワの3都市 ①ジョクジャカルタ オランダ時代にも王政を維持し、独立後、その首長が副大統領の地位を得た「旧都」で、都市そのものが観光地だが、近郊に「ボロブドゥール遺跡」という世界最大 …

インドネシア回想記(7)

インドネシアの主な都市 1 首都ジャカルタ (人口 推定 1970年当時 以下 同じ)   300万 オランダ時代バタビアと呼ばれ、植民地支配の拠点であり、今   政治経済外交などすべての首都機能の中心である   最近の …

インドネシア回想記(6)

テレコムとのビジネス 鉄道と並ぶ重要顧客がテレコムである。 当時、日本の電電公社と同じような役割をはたしていて、その本社がバンドンにあった。 意外にも、というと駐在国に対して失礼になるが、主要都市の市内通話は自動化されて …

愉快なインドネシア語(回想記5)

愉快なインドネシア語 「イブイブ、バパバパ、ソウダラソウダラ、スカリアン、スラマットマラム」 これはいったい何でしょう 1990年代、インドネシア唯一の国営テレビ放送の午後7時のニュースの冒頭部です。 「イブ」は本来「お …

インドネシア回想記(4)

インドネシアの自然と文化 20世紀半ばまでのオランダ時代には、ジャワ、スマトラ、ボルネオ、セレベスなどの島々の名前で呼ばれ、全体としては、[蘭領 東インド]と称され、1945年、独立してインドネシア共和国となった。 全体 …

インドネシア回想記(3)

国有鐡道とのビジネス PNKA というのが、国有鉄道の略称で、PNは国営企業、Kはクレタで車、Aはアピで「火」を意味し「火の車」というのが「鐡道」の事で、実際にその財政状態を、皮肉にも表している。殆ど毎朝、ここに出かける …

インドネシア回想記(2)

事務所兼社宅の日々 バンドンの山の手の、中流住宅地。事務所スペース、主寝室、副寝室、広間兼食堂という、いわば日本の庭付き中流戸建住宅、といったところ。庭は家の前に小さいもの、裏にやや大きいものあり。 雇っている人間 コッ …

インドネシア回想記(1)

その昔、ジャワ、スマトラ、ボルネオ、セレベス 等の島の名前で呼ばれ、いずれもオランダの植民地として知られた熱帯の諸島が、1945年の日本の敗戦を機に独立して、インドネシア共和国となった。 日本は、1940年代の前半、一時 …

カマル・クチル

今日は、実際にあったちょっと面白いエピソードを紹介しましょう。 某商社の若手社員であるA君は、仕事もできて性格も明るい将来を嘱望される存在でした。入社数年目で担当の仕事も率なくこなしていたA君に、ある日、海外赴任の命令が …

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