ハイム文壇の作家たちによる作品をお楽しみください。
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ロックフェラー

ロックフェラーの素顔(11)

7.ロックフェラーの晩年 (1)妻の死 アイダ・ターベルの記事が連載されると、JDRの妻セティは信仰の世界に閉じこもるようになっていった。そして、鋭敏で有能な女性から、本物の病人に変貌していった。連載が佳境に入った190 …

ロックフェラーの素顔(10)

(4)唯一の息子 ジュニア ジュニアにとって、父親は産業界で巨大な帝国を築きあげた英雄であった。ジュニアは、自分の姿がみすぼらしく思えてならなかった。そんな彼は、父親への世間の批判にひどく敏感であり、人生を父親の名誉回復 …

ロックフェラーの素顔(9)

6.子供達の悲劇  ジョン・D・ロックフェラー(JDR)は、4人の女の子と1人の男の子をもうけた。エリザベス(通称ベッシー)、アリス、アルタ、イーディス、ジョン(通称ジュニア)である。ただし、二女のアリスは、幼児期に亡く …

ロックフェラーの素顔(8)

3) ロックフェラー医学研究所 「神が人類のために授けてくださった財産をどのように使うか」という問題は、1900年に入りスタンダード石油の持ち株などの資産価値があがるにつれ、JDRにとって、より深刻なものとなっていった。 …

ロックフェラーの素顔(7)

5.巨大な富の重圧 1) 寄付を求める人々  1980年代後半になると、JDRは、大富豪としてもマスコミに取り上げられるようになった。それとともに、彼のもとには、寄付を求める人々が押し寄せるようになる。彼の出かけるところ …

ロックフェラーの素顔(6)

マスコミによる批判  JDRの名前がマスコミに出てくるのは、「サウス・インプルーブメント・カンパニー(SIC)」騒動の時である。SICは、JDRと彼の仲間が株主となったペーパーカンパニーであった。SICは、鉄道会社と協定 …

ロックフェラーの素顔(5)

結婚と家庭  1864年9月8日、25歳のジョン・D・ロックフェラー(JDR)は、高校時代の友人ローラ・セレスティア・スペルマンと結婚した。2人が知り合ってから結婚に至るまでに、9年もの歳月がかかったのは、JDRに比べ、 …

ロックフェラーの素顔(4)

3) 石油精製への進出 1859年8月27日、エドウィン・ドレイクは、ペンシルベニア州のタイタスビルで、石油を掘り当てた。これが、ペンシルベニア北西部が「オイル・リージョン」として知られるようになる熱狂的な石油ブームの引 …

ロックフェラーの素顔(3)

2.成功への軌跡 1)生い立ち 幼少期に経験したことが、その後の人生に大きな影響を与えていることを発見することは、珍しくない。それは、精神の奥深くに刻みこまれ、自分では意識していないものの、それに逆らうことは難しい。JD …

ロックフェラーの素顔(2)

2)カイカット カイカット(Kykuit)は、JDR晩年住んだ邸宅である。さらに、彼の孫の代までが、この家の主となった。この数年JDRについて調べていた私は、この大富豪が一体どのような大邸宅に住んでいたのか、是非この目で …

ロックフェラーの素顔(1)

はじめに 「ロックフェラー」という名前をお聞きになった方は多いと思う。例えば、「ロックフェラー財団」とか、ニューヨークのマンハッタンにそびえる「ロックフェラーセンター」を通じて。しかし、ジョン・D・ロックフェラー(以下J …

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