荻悦子詩集「時の娘」より「白馬」

白馬

内海の白浜を
疾走する白馬
ざわめき揺れあがる
おまえの豊かなたて髪は
波よりも優美な白銀の流れ
砕ける波頭よりも繊細な
瞬時のきらめき

カマルグの原野
潮のさす沼地に戻れば
おまえの仲間とともに
闘牛の牛たちも放たれている
複数の人間に痛めつけられ
地に膝をつく牛
とどめを刺す更に別の人間の小刀
血はほとばしらない
角に縄を回しかけられ
首をねじり 顎を空に
敗惨の牛
それを引くのはおまえの仲間
鈴を鳴らす二頭の馬

牛が六頭 次々に
あっけなく殺されていく田舎の闘牛場
五頭目の牛の時 私は念じた
柵など飛び越えてしまえ
すると どうだろう
その牛はほんとうに柵の外に躍り出た
闘牛士たちは総出で走りまわり
場所ならぬ場所で緋の布がひるがえった

海水を浴び尾をはねあげる白馬よ
おまえには
トロンボーンに合わせて行進し
闘牛の開始を知らせる姿は似合わない
黒ずくめのピカドールを載せる馬にもなるな
首をさしのべ 曇天を見上げ
そんなにも典雅な足を運びで
牛と鷺の群れる沼地に帰っていくな

稲妻 鋭い閃光が いま
さあ
その精悍な四肢を思いきり蹴あげ
ひと飛び 空へ
次第に近づいてくる不気味な雷鳴
草が乱れ散る 水鳥が騒ぐ
おまえが顔を埋めた一面のひなげし
その堤も もはや崩れる
すさまじい雷雨が湿原を裂く

さあ空へ
天空へ
たて髪をぼうぼうと振りたて
いまこそ
天翔ける白馬
手綱も鞍もない
光るその背には
私を

荻悦子(おぎ・えつこ)
1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。

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