近所で飼っていたヤギが病死した。おじさん数人が畑に埋葬した。夕方、ボクの兄貴分・隣の兄ちゃんが弟分4人を引き連れて埋葬場にこっそり集まった。「人間は死んだら骨になると聞いた。ヤギは1日でどう変わるかなあ」と小学3年生のボクが聞いた。「じゃ明日、堀り起こしてみよう」と兄貴が言い、密かに発掘することが決まった。

翌日、5人がスコップなど持ちより、掘った。子供なのでずいぶん時間がかかったが掘り起こした。しかしヤギは死んだ時のままの姿で骨にはなっていなかった(当たり前)。

その時「コラーっ」と背後に大声がした。埋葬したおじさんに見つかったのだ。「おまえら何しとるんじゃ」。仲間の一人一人が

「熊とかイノシシは」

「死んでも食べられる」

「ヤギは死んでも」

「食べられんから、かわいそう」

「食べることが」

「できるかもしれんと思って」

「掘っただけじゃ」

と途切れ途切れに屁理屈を言いながら、走りながら、ボクたちは逃げた。

しかし、それが後に大変なことになった。

「吉(よし)仲屋(なかや)(僕の家の屋号)の和ちゃんらはヤギを食った」と集落で評判になった。「それも掘り起こして生(ナマ)のままだったらしい」と尾ヒレがついた。5人組はすぐ逃走したので食べることなどとてもできなかったのだが。半世紀たった今も集落の人が「ヤギを食べた子供たち」の〝汚名〟を思い出しはしないかとビクビクしている。

昨夏 帰省の折、ヤギの元埋葬地に立った。草木で覆われていた。当然だが掘った跡形もない。そばの大きな柿の木は、ところどころ朽ち、かろうじて佇んでいた。怒り・追っかけたおじさんと5人組の一人も泉下の人になった。ヤギの墓標のことを知る人は少なくなった。

吉原和文

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