かっぽれフランス遠征記 SAMURAI JAPON 2018

日仏友好160年記念文化交流事業の一環として参加した。今回フランス遠征は15回目となるが、私としては3回目の訪仏です。
(総勢95名中「かつぽれチ-ム」参加者8名 内訳 先生のほかハイム在住4名}

11月1日
いざフランスへ出発進行!
13時間のフライト 3回目のフランスなので皆ゆったり
飛行機に乗り込み みんなニコニコ ワインをいただき 機内食がこれがいままでになく美味しい 映画をみながら時間つぶしをしていました

ふと思い出しました。
3年前の戒厳令のことを あのテロに遭遇 フランスからは電話もメールもできず 皆さん右往左往 戒厳令になると フランスからは情報が シャトアウトされました
アメリカから心配の電話があり シャツトアウトされていることをしりました
幸いにもナンシーに移動していいましたので あまり危機感はありませんでしたが
領事館の事務官から「帰れるものなら今すぐ帰国したほうがいい」と言われました!
入口にガードマンが立ち(これがカッコいい)黒いコートで仁王立ち ポケットにはピストル忍ばせ 人々に目を光らせて
世界遺産の広場に人々が集まり 人々が花をたむけ 灯りをともす姿を 忘れることができません。
帰りの空港で 機関銃を肩にかけ パトロ-ルする兵隊の姿 その時心臓がバクバク
これが戒厳令か
SAMURAI JAPONは JALの協賛をうけていましたので 最初に飛行機に搭乗できました 席に着いたときの安堵感 なんとも言い難く
日本に近づくと情報が入り 大騒ぎになつていることを知りました

さて今回の旅行に話は戻り
14時30分 フランス到着
95人の大所帯なので 荷物の積み込みも大騒ぎ
2台のバスで ルマンに向けて出発
21時 ホテル着
趣のある古いホテル ロビーに50人からの人で ごつたがえし
エレべ-ターは5人も乗れば いつぱい
1階は0 2階は1 3階は2 疲れた頭でウロウロ
やつと部屋にたどりつくも ガギが開かず 押しても引いてどうにもならず 通りがかつた男性に
開けてもらう

2日目
朝 どうやつてもドアが開かず ヘルプミー・ヘルプミー 英単語ならべたてました
私がドジなわけではありません ホテルマンも ガチャガチャと
セピア色にしずむ町 路面電車が走り 遠くに教会の塔がみえ ああ フランスにきたのだと
朝早くからの移動 お店はしまり ひたすら会場まで歩き 町並みを探索
大きな会場に到着 1500人も入る会場で 舞台もひろく 席も広く 赤いシ-ト
築30年の会場ですが 奇麗でロビーもひろく わくわく
12時
リハ-サルも済み お客様を待つばかり
招待客とレセプションのはじまり シャンパン カナツぺ マカロンを ルマン市が用意
賑やかに人々と歓談
20時 やっと前夜祭のはじまり
江戸芸かつぽれで 賑やかににスタート
アクション殺陣 アイドルの唄 銭太鼓おはら節 山村組の日本舞踊
〆は 盆ダンス
10時頃 ホテルへ
すべての店はシャタ-をおろし ショーウインドウだけが明々と さすがディスプレーが素敵
食事はカツプラーメン 明日のためにお風呂に入り おやすみなさい

3日目
本番当日 ぞくぞくと人々が入場 各ブ-スに人だらけ
日本の心をテ-マに
木のおもちゃ 書道 駄菓子屋 畳 絵巻ずし 日本酒 かおり ァ-ト 金箔工芸
山村組の踊り 生花を使い着物の美を表現 一條純子Make-up Show
長唄「連獅子」 サンシ-ル和太鼓 アイドルの唄 サムライアクション殺陣
その他数々
私たちの演目は
江戸芸かつぽれ 銭太鼓「鹿児島おはら節」隠岐しげさ節 川崎おどり
ダンシングヒ-ロー
ルマン観光局の発表によると 30年このかた 最高の動員1万人 うれしいかぎり
夜パリに向け出発

4日目
パリ会場は 昔ワイン倉庫で今は博物館 パリ万博のオブジェが展示されている所です
日曜日だったので 博物館に見学の人も多く ワルツが流れると 踊り始めます
音楽とダンスが 生活に深く結びついているのが羨ましい 日本では少なくなつている光景
大和神社の神主さん まず無事の祈願のお祓い やがてセレモ二―がはじまり
鏡割り 皆さんにお酒がふるまわ 賑やかに 歓談です
プログラムはルマンと同じ
各ブースに人々が集まり 畳のブースでドイツ人が茶道 「武士の茶道」との事 見たことのない
お点前でした 袴をつけ着物姿は素晴らしい 堂に入つて 恐れいりました
薄暗い博物館に 150年前のオブジエが あちこちに飾られ なんとも薄気味悪い?「失礼」
歴史のある会場で 踊る事の出来る幸せ 感謝です
成功のうちに終わる事ができ 後片ずけ 会場を奇麗に掃除をして ホテルへ

5日目
バスに乗り半日の観光 日仏友好160年銅像 唐草模様の風呂敷づつみを持ち
壁も唐草模様 でもピンク色
コンコルド広場に降り立ちびつくり それはそれは素晴らしい オベリスクが建つていました
エジプトのものですよね エジプトにあるオベリスクはボロボロ ガイドに聞きました
これはプレゼントだとのこと「本当?嘘だ!」
昼食 日本料理「はなわ」天丼 焼魚定食 43ユ―ロ(約5200円)コルシカ島のみかんがデザ
ート
地下鉄に乗り デパートに向かいました
地下鉄の案内に日本語が まさかの驚き 噂どおりのスリ 被害にはあいませんでしたが 手が
伸びてきて 皆パ二ツク 若い女性でビツクリ 私たちに気づかれるとは 下手なやつ!
夜は 噂のキャバレー“LIDO”に出かけました
チョツピリ おしゃれをして シャンパンを頂き 頬を染め 踊りを楽しみました
まあ 美しいバスト お尻 長い足 夢の世界・・・
心うきうき シャンパンで乾杯!

最終日
いよいよ日本に帰ります
午後の出発までの 時間つぶしに ご近所ワイン倉庫のショップ街を ぶらぶら
運送業者のストがあるとか 急ぎ空港に でもどこでストがあるのか ウロウロ
なんとか無事に飛行機に乗り 翌日午後羽田に降り立ちました

今回フランス人は日本人にやさしくなつたなあと思いました。
向こうから日本語で話しかけてきました。当たりがやわらかい。フランス人は英語を理解しても反応しないと言われていましたが、それは昔のお話? そんなこともなく見事に英語に反応してくれました。
第一私の単語をならべたてたのを、ちゃんと理解してくれました。
いろいろな人との出会い、楽しい思い出をいっぱい心に頂きました。メルシー・ボクー 有難う!

上田政代


かっぽれフランス遠征記 SAMURAI JAPON 2018” に対して2件のコメントがあります。

  1. taketonnbo より:

    フランス遠征記楽しく読ませていただきました。
    3回目とのこと、今回は大したトラブルもなく無事に終わって何よりでした。
    観光旅行と違って、衣装や道具、小物など、忘れ物があったら踊ることができない状態で、皆様の団結力と日ごろの練習の賜物と感心いたしました。
    今年はまた新しい出し物にチャレンジでしょうか。発表の機会を楽しみにしております。

  2. toshi より:

    パリ遠征に三回ご一緒した内の一名です。
    それぞれの場面を昨日の出来事の様に思い出されます。
    振り返れば「良くあれ程のパワーがあの時、あのパリの地で出せた・・・」と、そして何よりも心一つになって舞台に立てた歓びを感じています。
    舞台は魔物がすんでいる。のは事実でしたが、私達のチームワーク、おばさんパワーには影を潜めていましたね。
    思い出のフランス遠征記をありがとうございました

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