ハイム文壇の作家たちによる作品をお楽しみください。
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荻 悦子

荻悦子詩集「時の娘」より「白馬」

白馬 内海の白浜を 疾走する白馬 ざわめき揺れあがる おまえの豊かなたて髪は 波よりも優美な白銀の流れ 砕ける波頭よりも繊細な 瞬時のきらめき カマルグの原野 潮のさす沼地に戻れば おまえの仲間とともに 闘牛の牛たちも放 …

荻悦子詩集「時の娘」より「空・旅」

空・旅 時雨去ったあと にわかに昏く 流れは オリーブ色にして蛇行して 後へ後へと尾をひく 墨を流した雲の波間に まだらに 地球の黎明期の 怪しい冷たい光 城 仄白く浮かびあがった と見る間に 暗い森の草木のざわめき 洞 …

荻悦子詩集「時の娘」より「果樹」

果樹 フェイジョアという果樹が初めて花をつけた朝は雨だった 母 は薄紙で包んだ一枝を私のランドセルの脇に差した 白い花びらに紅いしべ 小さいが肉厚な感じの見慣れない花の 枝は 教室の花瓶の花に混じっても人目を惹いた 担任 …

荻悦子詩集「時の娘」より「塊あるいは魂」

塊あるいは魂 手を触れるだけでばらばらと落ちる小さな舟型をした緑の植物 の塊 地に落ちた肉厚の塊のひとつひとつが残らず根を出し 朽ちて行く古い塊の先には見る間に数個の芽が花びら状に寄り 合って吹き出す おびただしく殖え続 …

荻悦子詩集「時の娘」より「ハチソン街・秋」

ハチソン街・秋   Ⅰ スーパーマーケットでクッキーを手にしたら 腰の曲がった老女がすり寄ってきて 濃い紅の口元をもぞもぞさせたが ベリ・スウィートしか聞きとれなかった あの老女が帰っていく先は 歩く人の足元に …

荻悦子詩集「時の娘」〜「果汁」

果汁 ふるさとのみかんを ジューサーにかける 滴り落ちる果汁の 香り高い優しさ なんて 安易な思い入れに 陥るのはよそう 銘ずべきは 季節のはしりを 送ってくれた 叔父夫婦の心根であって 果汁では まして メカニックな …

荻悦子詩集「時の娘」より「サンタ・ローザ」

サンタ・ローザ サンタ・ローザ 転がる 白木のテーブル 水を得てそりかえるポトスの蔓の下 サンタ・ローザ 転がる 田舎娘ローザが転べば 口笛のひとつも飛ばしてみたいが 尼僧姿ローザ様 転ぶとあらば やはり見ぬふりをするべ …

荻悦子詩集「時の娘」より~「あの野原」

あの野原 若葉をつけた木々の枝が 大きく揺れている 桜の花びらが 渦を巻いて舞っているわ ほら ゴッホの野のような渦の巻き方 花びらが待っているのに どうして わたし 厚いコートを着たのかしらね あ 花びらじゃなくて 雪 …

荻悦子詩集「時の娘」より~「市街図」

市街図 薄緑の街を 大男の司祭が スクーターで行く 英会話のレッスンでは プロテスト・ソングを歌わせる イフ アイ ハッド ア ハンマー 声を張りあげる生徒たち 東洋の島国の 小さな河口の町では 黒人の抵抗歌も 陽気に叫 …

荻悦子詩集「樫の火」より~「終わりの夏」

  終わりの夏 従妹はバッハばかり弾いていた 少し速いんじゃない 指が心持ちゆっくり鍵盤から離される 私は花瓶を持ち上げる シチリアのことはよく知らなかったが 波の中に島の形が浮かんで消えた 断崖の上に緑の土 …

荻悦子詩集「樫の火」より~「振り子」

 振り子 ステンレスの格子戸が降りてきて、ベルが鳴り終わ った 居合わせた人たちは動きようがない 廊下の片側に扉が並んでいる 扉はみな閉ざされて いる フロアから内階段を降りた 踊り場をひとつ 経ると またフロアがあっ …

荻悦子詩集「樫の火」より「祝福の木」

祝福の木 男に抱かれた黒い犬の目が私を射る 目が妙に光り 金色の環が生まれる 雑誌に載っている写真の中の 動かないはずの犬の目が光を放つ 犬は男の腕をす り抜ける ベランダの木の階段を降りてくる 顔を 上げ 光の矢を放ち …

荻悦子詩集「樫の火」より「春の来方」

春の来方 何人目かの来訪者がくれたのはくすんだピンク色の 缶だった ピンクの缶には絵や文字がなくて 中に カードが入っていた カードには花を咲かせた木が 描かれていた 枝ごとに花の形が異なり 何の花と もつかない花が鈴な …

荻悦子詩集「樫の火」~より「球花」

球花 松の花 初めから微小な球形をした粒の集まり 粟 の穂に似た黄色の穂 それが現われるのはいつだっ たか 裸木ばかりの冬の林に 高い松の木が傾いて 一本だけ立っていた 丘の上を歩きながらその木を 探して目が彷徨う 松 …

荻悦子詩集「樫の火」より~「家」

家 両親はドーナツ型の家に住んでいる 数日経ってよ うやく気づいた 向い合わせに窓があり あまりに も明るい室内 両方の窓際にベンチが作り付けられ ている 私は何気なくテニスボールをベンチに置い た ボールは転がって 両 …

荻悦子詩集「樫の火」より~「ス―プ」

スープ 娘がスープを作ります それは丁寧に本格的に作る のです レンガの壁を背にして おごそかな口調で 翠さんが言った 大きな鍋には既に何かがたぎって いる 翠さんの娘はその中に刻んだベーコンを入れ た 厚みのあるベーコ …

荻悦子詩集「樫の火」より~「低く飛ぶ蝶」

  低く飛ぶ蝶 狭い側溝の中で 薫色がちらちらした 小さな蝶 小刻みに飛行をくり返し 翅を閉じると 斑点のある灰褐色 側溝の上の生垣に白いアベリアが咲き 明日も低く飛ぶだろう しじみ蝶 黄昏の目で辺りを見ていま …

荻悦子詩集「樫の火」より~「失くしたもの」

失くしたもの 失くしたものを数えていて ワインをこぼした うっかりと 夏帽子 モンブランの万年筆 狐の毛の短い襟巻き 品物よりも 失くしたそれらに纏わること 踵の高いサンダルで岩を伝った 心から笑い 今この時に熱中する …

荻悦子詩集「樫の火」より~「空の汀」

空の汀   広場がほんのり桜色を帯びている 敷材が新しくなっていた 表面に白い粉が浮いている この広場で海を感じたという人のことが 心に浮かんできた ここから海へは遠い おそらく その人の胸にたゆたう海へも テ …

荻悦子詩集「樫の火」より~「蔓の午後」

蔓の午後 豌豆の花が咲いただろうか 五月になれば きっと思い浮かぶ小さな花 赤紫の花びらが 開ききるのを拒むように向き合い 円形の葉は花より少し大きくすっかり開き 蔓の先は糸の細さでふるふる伸びる 何にでも取りつき螺旋状 …

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