シューベルト~その深遠なる歌曲の世界(3)

移調奏についての疑問は以後もいろいろあった。
大学の3年の時学内でイタリア歌曲の世界的権威、マエストロ・ファバレットの公開レッスンがあった。(そのホールにはマエストロのご親友である中川牧三先生もご来場されていた)
その時私も公開レッスンを受講させて頂き、マエストロから直接ご指導を受けた。

曲はヴェルディの歌曲「乾杯の歌」だったと思う。(ヴェルディのオペラ『椿姫』の中の「乾杯の歌」ではない)。この曲は2ヴァージョンあって森先生と五十嵐先生とおふたりから別ヴァージョンの曲を教えて頂いていた。(森先生から教えられたのは高音が多い派手な方の曲)
学内なので五十嵐先生に教わった一般的な方の曲で受講した。

私が一度最後まで歌った時、ファバレット先生は伴奏者に音を高く移調して弾くように指示された。
2度か3度か、相当高音への移調を要求されたので場内の見学者がざわついていた。が、日本では伴奏者はすぐに移調奏ができないし、そんな訓練もしていない。

それで先生は伴奏者に自分と伴奏を代わるよう言われ、先生がご自身で伴奏を弾きはじめられた。
出だし部分を2~3回いろいろな調子で試され、歌う調子が決定された。私も急に高くなった音に合わせて歌わなければ・・・と、(幸い私に絶対音感はない)・・・カーッと舞い上がったまま、指定された調子になった派手な「乾杯の歌」を最後まで歌いきった。

会場がまたざわついた。
歌い手の声質を瞬時に見抜き、ヴェルディの(男声用?)歌曲をオペラの(ソプラノ)アリアのような華やかな曲にしてしまわれたファバレット先生の手腕に、聴衆は驚嘆してしまったのである。
最初に歌った曲と先生の伴奏で歌った曲は、誰の耳にも別の曲としてしか聞こえなかったらしい。

 杉本知瑛子
大阪芸術大学演奏科(声楽)、慶應義塾大学文学部美学(音楽)卒業。
中川牧三(日本イタリア協会会長、関西日本イタリア音楽協会会長))、森敏孝(東京二期会所属テノール歌手、武蔵野音大勤務)、五十嵐喜芳(大芸大教授:
イタリアオペラ担当)、大橋国一(大芸大教授:ドイツリート担当)に師事。
また著名な海外音楽家のレッスンを受ける。NHK(FM)放送「夕べのリサイタル」、「マリオ・デル・モナコ追悼演奏会」、他多くのコンサートに出演。

    コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です