追憶のオランダ(23)スヘーフェニンゲンの魚屋
どうも食べることに執着しているように見えるかもしれないが、私自身自分ではそれほど食にこだわる人間ではないと思っている。でも、オランダでの魚の話を一つ。
オランダでも鮮魚がスーパーや市場で売られているが、たとえ新鮮に見えてもやはり熱を加え調理して食べることを前提にしているので、そのまま生で刺身にして食べるには多少のリスクが伴う。やはり、煮たりソテーしたりフライにしたりということになる。また、日本流の焼き魚となると、西洋では魚を焼くにおいは嫌がられるということを事前に聞いていたので、我が家では一度も焼き魚をやった記憶はない。オランダ人がどのような反応をするか、一度くらいはやってみてもよかったと今更ながら思う。
しかし、旅行でポルトガルやギリシャに行った時、海辺の町では直火に大きな金網をのせそのうえでイワシやらサバやらを丸焼きにしていたのを思い出した。イカなども焼いていて、日本の縁日で嗅ぐ懐かしいイカ焼きの匂いがしていた。彼らもこうやって食べるんだと思ったが、これが彼らの本来の食べ方かどうかは不明だ。日本人の観光客も多かったので、日本人を目当ての焼き魚ではないかとさえ思った。
魚と言えばやはり刺身だが、日本人そのものが、太古からの習慣で魚は新鮮なものを生で食べたがるというDNAを持っているのではと思う。オランダに来てすぐの頃、日本人仲間の口コミで、ハーグの先、北海に面したスケベニンゲン(スヘーフェニンゲンという音に近い)に行けば刺身で食べられる鮮魚が手に入ると聞いた。すぐに車を飛ばして行ってみると、何軒もある店のうちある一軒の店では気に入った1尾を客の要望に応じて刺身用に丸ごと1匹をさばいてくれるサービスまでやっている。うろこを取り、頭を落とし、内臓を処理し、三枚におろし、皮も剥いでくれ、あっという間に刺身用の冊ができあがる。あとは、家で小さく切るだけ。自宅でさばくのは確かにチト骨が折れるので、このサービスは大いに助かる。魚の種類は日本ほど多くはないが、やはり土地柄、ヒラメ・サケ・サバなどはうまい。なかでもヒラメは絶品で、よく大きいのをさばいてもらってものだ。縁側もちゃんととっておいてくれる。アラはアラで、身とは別にちゃんと袋に入れてくれる。売る側の企業努力も見上げたものだ。
このスヘーフェニンゲンという地名、日本のテレビ番組などで面白い地名としてスケベニンゲン(すけべ人間)という呼び方で度々紹介される。しかし、実際の発音をよく聞くと、スヘーフェニンゲンと聞こえる。この地は北海に面し、いわばハーグの奥座敷とでも言える保養地として昔から知られ、19世紀初頭に上流階級のリゾートとして建てられ、その後5つ星ホテルとして開業したクアハウスが有名。観光客のみならず多くのヨーロッパの他の国からのVIPたちも訪れる。
私の友人のトラベルライターが世界100か国以上を巡って各地の面白ネームを集めていました。その中でも一番面白かったのがこの「スケベニンゲン」でした。
いったいどんな街なのかと思いながらもう20年以上も経ってしまいましたが、今日ここに至って知ることができました。しかも刺身を食べることが出来るという話のおまけつきで。長年の疑問が一つ溶けて溜飲がさがりました。