森本剛史君との想い出4~中学校時代・授業で先生をいじめる

授業で先生をいじめる(「いじる」のほうが正解か?)

私は好奇心が強くどんなことにも興味があったので、学校の授業自体は嫌いではなかった。ただ、家に帰ってからの予習や復習が嫌いでまずしたことがなかった。自由に好きなことができる時間がなくなるからだ。その代わり、成績が悪いと言われるのも嫌だったので授業中は集中して真剣に聞くことだけは実践していた。(いじめることになるN先生から授業中の目つきが鋭いと言われていた)

ある日、剛やんがやってきて、「とっちゃん、ちょっと面白いことを考えたんやけど、どうやろ?」という。「なに?」と身を乗り出す私。今度はどんな提案か興味津々で聞いてみるとそれは、これまでにはないちょっと変わったものだった。国語のN先生の授業の時に、数名で質問攻めをすれば、1時間のその授業を潰せるのではないかというものだった。要は、真面目な生徒を演じながら授業の邪魔をしようという魂胆なのだ。

丁度その日の時間割に、N先生の授業が入っていたのでさっそく実行に移したのです。授業が始まってすぐに、剛やんがまず、「先生、前回の授業についての質問があります!」と手を上げた。このように、受け身ではなく自分から積極的に質問してくる生徒を特に評価している先生だったので、もちろんこれに答えて熱心に説明を始めた。ある程度、やり取りが進んだころを見計らって今度は私が手を上げて意見をいう。この辺りは阿吽の呼吸というやつだ。同じように、次は例の森君が続ける。

この時の授業内容は、「・・・は」「・・・が」などの助詞についてであった。(60年近く前の話だが、まだ覚えている!)「断定の助詞はどれか」という話題で意見を言い合った。これを繰り返して結果は大成功!とうとう新しいところには進めず授業をまるまる潰した結果になったので、3人は英雄気分で大満足!今なら、ハイタッチというところだろうか。先生には少し気の毒なことをしたが、若気の至りで反省しつつも、一方で忘れられない楽しい思い出となっている。その後、何年経ってもこの話題を出してはそのたびに大笑いした。(今の時代なら逆いじめで問題になりそう)

これまで、いろいろと彼の提案したアイデアに乗ってきたが、今回のようないたずらっぽいものはこれが最初で最後だった。その先生に恨みとかがあるわけではなく、ただ、面白がって、ほんとうにできるかどうか試したいという軽い気持ちなのだ。そしてこのイタズラが、職員室では、あのクラスは真面目で熱心な生徒が多く素晴らしいと評判をとったのだからわからない!きっと読者の中にも同じような経験があるのではないだろうか。

私は、このような遊びを含めたすべての行動のアイデアが、彼のどこからどうして湧いてくるのかを考えてみた。結論は、彼が読んだ様々な本から来ているのではないかと思っている。彼は本好きで、どこに行くにもいつも片手に本を持っていた。それに私と会うと、いつもまず最近読んだ本の話をした。このことは学生時代から社会人になってもずっと変わらなかった。

森本君が世界一周の旅に出たのも、小田実の「何でも見てやろう」がきっかけだったし、まさにその精神で、100か国以上もの外国へ出かけていって何でも見てきたのであろう。森本剛史を作り上げたのはまさしく「本」だったような気がしている。もちろん、本を読んでも理解力と吸収力とが必要であるし、それを実戦に活かすことができるかどうかはまた別の能力が必要であろう。旺盛な行動力とその活かし方に秀でていたのが森本剛史だったと思うのだ。

小学校時代の話に戻るが、私は本を読むことよりも体を動かす方が好きな子供だった。放課後はほとんど毎日、ソフトボール、それもクラスのチームと別の草野球チームに所属していた。人数が集まらないときは相撲だった。栃錦と若乃花が活躍した栃若時代の真っただ中だった。クラスの番長で体の大きい原君とはいつも勝負していた。コンクリートの階段の角におでこをぶつけて3針縫う羽目になった、しかも原君と私と同じ部分をお互いに一度ずつ。
読んだ本の冊数では絶対に完敗している。

~つづく~

西 敏

 

 

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