新加坡回想録(58)デサルでの出来事

シンガポールに住んでいてちょっとした家族旅行に行こうとするとまずはマレーシアがも最も近い。街から車で1時間も走るとどちらの方向へ向かっても海にドボンの狭さなので、隣国であり車で行けることが最大の理由である。しかも昔は同じ国だったこともあることから文化や歴史に共通点も多く馴染みも深い。

マレーシアで有名なリゾートビーチと言えば、ペナン、マラッカ、クワンタン(地中海クラブ)、ティオマンといったところだ。観光ガイドブックなどには情報が少ないかもしれないが、現地の人ならだれでも知っているのがデサル(Desaru)ビーチだ。

移住してすこし落ち着いた頃、普段から親しくしている友人家族と一緒にこのデサルに出かけることになった。車で北の端からコーズウェイを渡りマレーシアに入る。暫く北上した後東に向かうと海岸まで1時間と少しで行ける。空港近くからフェリーで渡ることも出来るが車が便利だ。

ホテル名も覚えていないほどの小さなリゾートホテルだったが数日間海辺で過ごすには問題はない。35年前の話なので今は開発が進んで新しいホテルもいくつかできているようであるが、その状況の紹介は別の機会にしたい。ここは、前回書いた正月に紅白歌合戦のビデオを見ることが出来たホテルのひとつで、大晦日に日本で撮ったビデオを直ぐに航空便で届けてホテルのロビーで流している。

さてここで二つの出来事に遭遇した。まず一つ目は有名人との出会い。昔のプロ野球ファンなら知っているだろうが、その昔阪神タイガースには二人の辻選手がいた。そのうちの一人「ヒゲ辻」と言われた辻佳紀選手は時に弱気になるピッチャー、バッキーや村山をうまくリードして監督に重宝がられた。

その後はトレードで近鉄、大洋と移った後、コーチとして阪神に戻り、やがて解説者として活躍した。筆者は阪神ファンではなかったが、日本人で最初に髭を生やした選手として印象深い選手だったのでよく覚えている。そのヒゲ辻がロビーバーのカウンターに一人座っていたので声を掛けた。

聞くと、何かのテレビの番組で商品としてとしてもらったのがデサルへの旅だったそうな。シーズンオフで野球解説の仕事もない正月の時期を選んで一人旅としゃれこんだとのこと。話をしてみると実に気さくでいい人で、現役時代の秘話なども気軽に話してくれた。

二つ目は実はとんでもないことだった。早朝にのビーチで日本人女性が入水自殺したと、午後になってホテルの人から聞かされた。休みのとこ悪いが同じ日本人同士でもあるので、一緒に海岸を捜索して欲しいという。つまり、砂浜か磯に遺体が打ちあがっていないかどうか手分けして探して欲しいというのだ。

驚きながらも仕方なく子供たちをホテルにおいて大人数人で捜索に協力した。しかし残念ながら結果は出なかった。後で詳しく話を聞くと、ちょうど一年前に、この女性の恋人がこのビーチで溺れて亡くなった。つまり、悲しいかな後追い自殺だった。

せっかくの正月休みが、とんでもない事件に出会って楽しさは吹っ飛んでしまった。帰国後は近所でも事務所でもこの話で持ちきりだった。われわれが偶然その場にいたことを話すと同僚はみな唖然としていた。忘れられない悲しい思い出となった。

(西 敏)

    コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です