詩~渓谷

渓谷

行かないよ
四肢を拡げ
仰向いて
浮いている

膨らんだ
声と

冷ややかな真水

干乾しにされたのだった
身重のマムシは
隣人によって
この時期

鉄錆色か黄土色の
柔らかい小石を探して
硬い石に
書いてごらん

(のだった)は大過去形
身重というのも
思い至らず
四肢は神に裏返される

落ち鮎の腹に残る砂
砂を噛む思いを
心して食べなさい
発って行く人

あなたを潰す
豪雨がまもなく
正午に
合図を変えなくては

荻悦子(おぎ・えつこ)
1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。

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