シンゴ旅日記インド編(その46)月のウサギの巻
出張先から車で帰る時の会話です。時間は夕方です。
私 『この前は失敗したよ。
ムンバイからの帰りのSAでカーマ・スートラという映画のDVDがあったので直ぐに2個買って観たら中身は真面目な恋愛映画だったのよ。』
運転手は笑っているばかりです。車の外には満月が出ていました。
私 『満月だ。日本ではウサギがお米でお菓子を作っていると言われているよ』
(もちを搗くという英語が出て来ませんでした。)
運転手 『インドでも同じです。美人がパンを作っていると言われます。』
しかし、翌日の昼食時に運転手の話に他のスタッフは異論を唱えていました。
調べて見るとインドにも月がうさぎの形をしているいう伝説があるのです。
その原型はインドのジャータカ神話(釈迦の前世の寓話)から由来しています。
そのお話と言うのは次の通りです。
『昔々、インドに、ウサギとキツネとサルがいました。三匹はいつも仲良く暮らしていました。
いつも話し合っていたことは、「私たちは前世の行いが悪かったため、今はこんな獣の姿になっているのだ。せめて今からでも世のため、人のため良いことをして、何かの役に立とうではないか」と言うことでした。
それを帝釈天がお聞きになって、「なかなか感心な獣たちだ。せっかくだから、良いことをさせてやろう」と考えられたのです。
そして、帝釈天は一人のヨボヨボの老人に身をやつして、三匹の獣の前に姿を現れました。
獣たちは大はりきりです。この老人のお世話をすることにより善行ができると喜びました。
サルは、さっそく木に登って木の実や果物を集めて持って来ました。
キツネは野山や川を走り回って、肉や魚を採ってきました。
ところがウサギは、これといった特技がないので、なにも持って来れませんでした。
それでウサギは思いあまって老人の目の前で焚火をたいてもらい言いました。
「私は何も持って来ることが出来ないので、せめて私の身を焼いて、私の肉を召し上がって下さい」そして、自ら火の中に飛びこんで黒こげになってしまったのです。
これを見た老人は、たちまち帝釈天の姿に戻って、三匹の獣にむかって言いました。
「お前たち三匹は、とても感心なものたちだ。きっとこの次に生まれ変わってきた時には、りっぱな人間として生まれて来られるようにしてやろう。特にウサギの心がけは立派なものだ。お前の黒こげの姿は、永久に月の中に置いてやることにしよう」
こうして、月の表面には、黒くこげたウサギの姿が残されることになったとのことです。』
そんな話を読んだ後で月を見上げるとインドのお月様は何か寂しげでした。
丹羽慎吾