シンゴ旅日記インド編(その57)寅さん インド単身赴任の巻
いえね、今度、日本に帰りましたら、贅沢は申しません。
うっすらと醤油をかけて、カラカラと掻き回した生卵を、熱~い、白~いご飯の上に乗っけましてね、そして、混ぜて食べることができれば、それだけでよろしんでございます。
でも、ちょっとだけ、贅沢を言わせていただけますとね、あとお皿が二つありましてね、右に焼いた塩シャケ、左にバリバリの焼き海苔があれば申し分ありません。
そうそう、あれでござんすね、奈良漬が二切れ、いや三切れ、大根おろし、納豆、ついでにこんがり焼いたタラコなんぞがあればそれ以上贅沢は申しません。あっ、お味噌汁なんかも豆腐とワカメもよろしいんでござんですが、シジミ汁なんかであっても構いませんよ。
夜になりますと熱い風呂に肩までつかって『ごくらく、ごくらく』と言えればそれだけでよろしいんでございますよ。
『おとこごころ~におとこ~がほれえて~』なんて歌えれば本当に極楽でございますね。
出来ましたら、それが海の見える岩風呂とか、夜空に天の川が見える露天風呂であれば申し分ございません。
西洋式のシャワーって言うのは、あっしにゃ合いませんね。
アレですとね、シャンプーを頭にブチュとつけましてね、頭で泡をこしらえて、その泡を脇や腕に持って行って、なすりつけ、それにちょっと下がってけっこう毛だらけに塗りたくって、そんでもって次にその泡を体中につけて水で流すだけっていう手順になるんでございますよね。
石鹸なんぞがつい要らなくなるんでございますよ。
あれは体を洗った気がしないんでございます。やはり、風呂桶に腰掛けてタオルに石鹸をつけて体をゴシゴシと洗わないとお風呂に入った気がしやせんね。
そんでもって、風呂から上って、浴衣に着替えて部屋に戻りますと、女の人が座卓の上に丁度料理を並べていたりしましてね。『あら、もう出ていらしたんですか。まだお料理の支度ができていないんですよ。でも、風呂上りに冷たいビールでもいかがですか』とか何かと言いましてね。冷蔵庫から一本ビールを持って来てくれるんですよ。そして私にコップを持たせて注いでくれようとするんで、あっしが『おねぇさん、そいつぁ、いけねぇ、あっしゃ、いつも手酌ですから、気を遣わないでおくんなさい』なんて断りますとね『イイじゃありませんか、なんですの、私のお酌じゃご不満なの、さぁ、どうぞ』ってチラッとこっちを見る目がいたずらそうに笑ったりなんてしましてね。『そうですかい、そいじゃ、一杯だけ』ってコップに冷えたビールをついで貰い、グィーと一気に飲み乾しますとね『あら、旦那、粋な飲みっぷりだわ』なんて言うもんですからね、あっしもここで『そいじゃ、おねぇさんも、一杯どうだい』なんて言いますとね、『いけません、私は、、、そうですか、でも一杯だけなら』なんてことになりましてね。一杯が、二杯、二杯が三杯となったりして、良い気分になるんでございますよ。
お酒のつまみですかい、贅沢は申しません、塩辛と、そして刺身が二切れもあれがそれでようござんす。まぁ、ちょっと言わせてもらえば、それに山菜の煮付けなんぞがあればよろしんです。そうそう、その横に小さなコンロがあって、下に丸い石鹸みたいなロウソクが入ってましてね、上に鍋が載ってまして、フタを開けて中をのぞくとフグか何かが野菜と一緒に入ってたりしましてね。そしてビールがいつの間にか熱燗に変わってまして、そんな頃にチリトテチンとかいって三味線の音なんかが聞こえて来るんでございます。そして外ではサラサラと水の流れる音がしたりしましてね。時々コーンとなったりするんですよ。
そんで眠くなってきて、畳の上で綿の入った布団にくるまって眠ることが出来ればそれでいいんでございます。年中、ベッドで布団なしの生活なもんですからね。こっちではね、たまに寒い朝もあるんですがね、そんな時は厚手のシーツで我慢しておりやす。はい。
そして、朝方の少-し暗い頃に、鶏の声を聞いて目が覚めればいいんです。あの犬の吠え合いや、鶏でなくてハトのクークー言う鳴き声はいけません。それにあれ、何て言うんですか、お経みたいな、民謡みたいな、イスラム教の歌、そうそう、コーランなんぞで目が覚めちゃいけませんね。こちとら、帝釈天の生まれ、育ちでございましょ、御前様に申し訳ないような気がするんでございますよ。やはり、源公の野郎が打つ鐘の音で目を覚ましとうございやすね。
そんでもって、さぁ、起きようかな、まだ寝ていようかなと布団にくるまってぼんやりしていますとね、遠くに汽車のボォーと遠ざかる音が聞こえたりすればようござんすね。そうです、汽笛じゃなきゃいけませんね。ディーゼルのブァーー、ゴトゴトと言う音はいけません。あれを聞くと、お腹を壊して、へェーひっているような気がしますんです。そして、まだ寝てようかなと思ってしまうんですよ。そして朝日がカーテン越しにサァーと差し込んで来て、カーテンに木の影なんぞがくっきり映っておればよろしゅうござんすね。いけませんねぇ、この南の国は、さっきまで真っ暗だったのにアッと言うまにお日様が空に上がるんでございますよ。お日様に手を合わせる時間が無いんでございます。
そして、手ぬぐいを肩に引っ掛けて、下駄を履いてカランコロンと音を立てて外に出ますとね、井戸があって、つるべでカラカラと水を汲んで、ザァーと洗面器に水を注いで、シャキっと顔を洗えればよろしいんでございます。そして部屋に戻って食卓につくと、朝飯です。贅沢は申しません。熱い、白いご飯に卵をかけて、あれっ、これってさっき言いましたっけ。
日本に帰ったらそんな宿屋に一泊3千円で泊まれればいいんでございますよ。
決して贅沢は申しません。
それにしてもやっぱり、日本の料理ってのはよろしいござんすね。なんといっても種類が多いんでございますよ。調理っていうんですかい、料理の仕方が多いんでございますよ。
寿司、天ぷら、すき焼き、刺身、うなぎの串焼き、焼き物、煮物、蒸し物、何でもございますでしょ。麺類なんぞは、ソバ、うどん、ソーメン、ニューメン、キシメン、ラーメン、スパゲッチィ、それも汁物ものからザルもの、熱いものから冷たいものまであるんでございます。
行き届いておりますね、日本の食べ物ってものは、本当に。
世界で一番種類が多いんじゃござんせんか。外人さんが日本料理を食べたいなんて申されましても、どれにするか迷ってしまうんでございますよ。
その点インド料理とか中国料理は簡単でございますね。
南か北からの違いは多少ありますが、材料とか調理の仕方がもう決まっておりますでしょ。
特にインド料理はいけません。まあ、そこそこ美味しいんではありますがね、ネタがみんな一緒でござんしょ。それに料理の仕方がフライパンや鍋で煮るだけなんですよ。出来上がった料理もどれも同じような按配で色が似ていますから、どれがどれだか分からないんでございます。
やっぱり、食べるもんは日本のものが一番でございますね。いえね、贅沢は申し上げません。