エジプト見聞録(2)

クレオパトラはプトレマイオス朝第7代の王だが、このプトレマイオスはアレクサンダー大王の側近の武将の一人、以後の王朝全てが外国人の統治であり、2500年経って、やっと独立を果たした1922年は、奇しくもツタンカーメン王の墓が発見された年でもあった。永遠の命を願ったエジプトの王が復活したのだろうか。

最後にシナイ山に登った。標高2282m、シナイ半島の砂漠の中をバスで走ること6時間。これは旧約聖書にも出てくるモーゼが辿った道である。聖カトリーナ教会のある麓の街を朝3時に出発、暗闇の岩道をひたすら歩く。山頂で見る日の出と共に刻々と変わる岩肌の変化に心を打たれた。どこからともなく聖歌の歌声が聞こえた。

シナイ山を含め日本の若者には出会わなかった。韓国、中国、台湾の人達を見たが、日本の若者はグアムやハワイでのリゾートか、それともパリやロンドンでの買い物なのだろう。

(以上が会報への寄稿文で、ここからその後の話を追加します)

ご存知の通りシナイ山はモーゼが神から十戒を授かったというところ。実は私が十一番目の戒めを頂きました。急峻な岩の下り道で悪戦苦闘し、そのあと延々と続く長い道でついに膝の痛みに襲われました。登攀は殆どトップに到着したのに帰りは多くのグループの皆さんをお待たせすることになりました。途中でモーゼが使ったのではないかと思われるような木の枝の杖を拾い、這うようにして集合場所に向かいました。集合時間には30分は遅れたのではないかと思います。遠くにバスが見え多くの皆さんが手を振ってくれたのが印象に残っています。

帰国後整形外科に行きレントゲン撮影、さて先生の診断結果は? 膝関節に異常は全くありません。平素の運動不足で筋肉が退化しています。今からでもしっかり歩いてくださいと言うものでした。確かに車社会にどっぷり染まり、まともに歩いていなかったのは事実です。先生からは歩き方まで指導を受けました。要は銀ブラ歩きは駄目、一歩一歩踵から下ろして爪先で蹴るを心掛け、最初は3分でも5分でも、そしてせめて10分はしっかり歩けるようにしてください。

お蔭で今ではハイムの歩く会にも参加、時には1万歩、2万歩近くを歩くことも可能になりました。

神のお告げは厳しいが、素直に聞けばご利益も・・・でしょうか。


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