オランダ点描(16)空

オランダに来るまではこんなに空が大きかったとは正直思いませんでした。
高いところにでも登れば当然周りがよく見渡せ、その分空も広く見えます。しかし、日本では日常の生活の中で見る空はいつもどこかに建物とか山、木立に遮られ、一部が切り取られた空しか見られませんでした。地平線などというのもほとんど見られませんでした。

ところが、オランダは九州くらいの狭い国なのですが、実に広々しているのです。いたるところでほとんど障害物に邪魔されない大きな空が見られます。車で5分も郊外に出れば頭上には360度、空です。

ただ一つ残念なのは、真っ青な空が少ないこと。概して、北ヨーロッパ特有の低い灰色の空が多いことです。そのため、たまにからりと晴れあがると思わず大声で叫びたくなります。4-5月頃などにたまにほんとうの晴天が何日か続くことがありますが、そんな時は「これで一年間の晴天の日を使い切ってしまうのか・・・。」と先の事を考えて淋しい気がします。それほど一年間の日照時間そのものが少ない土地柄なのです。

北欧は暗いイメージがあるかもしれませんが、然にあらず。結構晴天の日が多いのです。また、南欧はこれまた太陽がいっぱい。その間にあるオランダとかドイツは暖かい大西洋で次々とできる低気圧の通り道となって、年中天気が変わりやすく、一日のうちにも春夏秋冬と一年の季節をすべて味わうこともよくあります。

革ジャン・セーター・半袖シャツ、さらには雨傘・コートとすべて使うこともそれほど珍しいことではありません。というくらいですから、雲も新しいものがどんどん湧き出してきて、その動きも非常にはやいのです。晴れていたと思ったら、もくもく雲が出て、あっという間に一雨。長降りこそしませんが、ともかく天気の変化が目まぐるしい。

16・17世紀のオランダの絵画にはこれまでになかった風景画という新しいジャンルが生まれ、その絵の中には大きな空と、千差万別の雲というのがよく描かれています。ともすると退屈しそうな題材ですが、実によく観察されいろいろな表情を持った雲として見事に描かれています。

実際毎日空を見上げていると、いつかどこかの美術館で見た絵の中の雲に出会うことがあります。日本からの出張でわずかの時間しか滞在しなかった時はそれらの雲の絵を見て「なぜ、こんなに空を大きく、雲ばかり描くのか?」と不思議に思ったものでした。しかし、ここで生活してみて、空と雲は生活の一部になっていることを改めて思い知らされました。昔は人間も現代よりももっと自然に近かったわけで、画家たちも自然の中の一瞬の芸術品を絵筆でカンバスに固定させたのでしょう。

あ、最後に、これまでで最も印象の強かった空の景色をお話しておきましょう。
夕暮れ時、頭上の空は午後から出ていた分厚い雲で覆われてもう夜のように暗くなっているのに、地平の近くだけはわずかに雲の隙間があり、ちょうど沈みかかる夕陽が真横からまぶしく輝き、あたりを真っ赤な血のような色に染めている。ハウダ(日本の人にはチーズで有名な町ゴーダという方が馴染みがあるかもしれません)の先レーウウェイクで見た景色です。いつか表現してみたい。漆黒の漆と鮮やかな朱漆、それときらめく金粉で。

今、オランダに来て、漆塗り(信じられないでしょうが)を習ってます。

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