フランス救急病院(II)

以前私自身が救急病院に飛び込んだ話を書きました。(https://bungeikan.heimnohiroba.com/writers/azuma/kyukyu-byouin/

それから20年経過して大阪勤務時代です。久しぶりにパリに行きました。得意先でもあり、私の尊敬する仕事の大先輩(一応Kさんと呼ばせていただきます)からの声がかりでベルリンでのコンベンションに出席、そのあとアメリカの得意先を廻る1週間程度の出張に誘われました。直前の週末をパリで過ごそうということになり元気に出発しました。

金曜日の夕刻パリに到着。ホテル”George V”(シャンゼリゼや凱旋門にも近い一流ホテル)にチェックイン、近くの日本料理店で軽く食事をした後、夜のパリをご紹介、いや久しぶりの探訪に期待を含ませていたのですが、Kさんがパリ到着後あたりから少し体調不良の様子、一応夕食をして様子を見ることにしたのですが、これが大変、頭痛が始まり、食欲不振、挙句の果てはお味噌汁をテーブルにひっくり返し、挙句の果ては財布をホテルに忘れてきた!。慌ててホテルに帰ったのですが財布が見つからない!?。再度レストランに行くとテーブルの近くに落ちていたと言う始末。

ホテルの医者に相談しようとするもすぐの対応も難しそう。運よく昔の電話帳を持参していたのでパリ開業の日本人のお医者さんに電話。ところがすでに別荘に出かけているので目的地到着まで連絡がつかないとの返事、待つこと1時間、やっと電話連絡があり、事情を説明、再度の電話を待つこと30分、先生からの指示は「今すぐ救急病院“L’Hopital des Hopitaux”(病院町の病院の意味)へ直行してください」とのこと。早速タクシーで向かいました。受付で彼のパスポートを提示、診察室に入って大体の事情を私が説明、検査の間30分くらい待ちました。そして彼は元気そうな顔で出てきました。

同行して出てきたお医者さんから封筒を頂き、すぐ日本に引き返すか、それとも当地で6か月の入院を覚悟するか私に決めろと言います。私は即答で帰国しますと。フランスを離れるまで一日一度の痛み止めの注射を教えられました。注射専門の巡回看護師さんを紹介してもらいました。病院での費用はゼロでした。

以上が到着した金曜日の夜の話です。日本への飛行機の予約が取れたのは翌週の水曜日、しかもファーストクラスです。私にとっては最初で最後の経験です。この間私は色々と大変でした。時差のある日本への連絡、体調管理と許される範囲でのパリ見物にお土産など。

開港して間もなくの成田空港を経由して大阪伊丹空港に到着、会社の皆さんやご家族に迎えられたのですが、Kさん曰く「何か出発のお見送りの風景じゃない?今からもう一度行きますか?!」とご機嫌上々でしたが、その夜自宅近くの病院に直行して入院した旨電話がありました。帰宅の車の中で薬が切れて強い頭痛が始まったとのこと。

(以下特にお読みいただく必要はないのですが本件の結末として記録に残すものです。 しばらく面会謝絶で10日くらい経ってからでしょうかお見舞いをしました。ベッドに寝た切りで半身不随、病名は脳腫瘍、こぶし大の癌の摘出だったとのこと。Kさん曰く、高校時代の友人が近くの市立病院にいるのでそこで約一週間の人間ドックに入った。私の話をよく聞かず、或いは聞いてもそれをドックの担当医に伝わらなかったのだろう。頭の検査だけはしなかったと残念がっていました。Kさんは素晴らしいスポーツマン、何度かゴルフをご一緒していますが、ハーフ40が目標、発病少し前は前半40でも後半50近くなると嘆いていたのは事実です。この後私は東京に転勤、2~3か月に一度大阪出張の折のお見舞いとなりましたが、その後退院も好転の兆しもないまま発病後丁度一年で帰らぬ人となりました。)

 


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