詩~蝶と日時計

蝶と日時計

文字や標が
刻まれて円状に並び
古い石盤は乾いている
正午前
中心部近くに
黒い蝶が遭難した

翅を広げ
翅をすり合わせ
あざとく見える
黒い蝶
その影はたよりなく
震えてうすく
正午の標までは届かない

日差しは動く
たしかに経過があり
尖った標は
長い年月の日差しに倦んで
先の方から溶けている
柔らかい石灰石は
表面に粉を浮かせている

傍らをただ過ぎるのではない
石の上
黒い蝶のたたんだ翅を
太陽のきつい光線が刺し貫く
そのようにして
存在する時間

指針の影に沿って
人が腕を伸ばす
腕の皮膚の内側に
時が溜められる

荻悦子(おぎ・えつこ)
1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。

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