松阪牛という牛はいない
食肉市場OBの方から、食肉に関するお話をうかがうことができました。とても興味深い話でしたので、ご紹介したいと思います。
和牛が生まれ、肉になるまでのプロセスは以下の通り。
1 受精卵
2 繁殖農家
3 家畜市場(元牛)
4 育農家
5 屠場
1の受精は、優秀なオスの精子を和牛のメスに着床させる場合と、優秀なオスの精子と屠場で採取した肉質の良いメスの卵子を人工授精させるケースがある。こうした受精卵は、借り腹となる雌牛に種付ける。政府は、ホルスタインを借り腹とすることを奨励している。そうすれば、ホルスタインが子を産むことで乳を出させることができ、一石二鳥となるからである(乳牛といえども、子どもがうまれなければ乳はでない)。精子には、番号がつけられていて、どのような肉質の子供がうまれるかが、予めわかっている。
繁殖農家は、鹿児島県、宮崎県、熊本県に集中していて、1年ここで育てられた牛は、家畜市場で全国の肥育農家に買い取られていく。肥育農家は、20か月ほど肥育する。つまり、もとは同じだが、どこで肥育されたかでいろいろな名前が付く。松阪牛といっても松阪で生まれたわけではなく、松阪で肥育された牛の肉ということである。
牛肉にはランクA5からC1までの格付けがある。ABCは、一等の牛から皮、内臓などを取り去り、商品となる肉の取れる割合を示しており(Aの歩留まりが高い)、肉質とは関係がない。数字部分は、肉質を表わす。「脂肪交雑」「肉の色沢」「肉の締まりときめ」「脂肪の色沢と質」の4項目それぞれを5段階評価し、このうち最も低い等級に決まる。(日本独自の格付け方式)
牛肉の価格は、セリできまるが、肉質5のものは2のものに比べ、6割位たかい。肥育農家としては、できるだけ脂肪の交雑が高いものを目指すことになる。
ブランド牛は、この市場価格よりも高い値付けが可能となる。松阪牛は、高級牛肉というブランドイメージが定着し、松阪信仰ともいうべき状態になっている。かつては肉質が5と4のものだけを松阪牛と言っていたが、現在ではそれ以下のものでも松阪牛と言われている。
一般的に、1頭の牛は150万円程度の値段で買い取られる。これに対し、繁殖農家から出荷される元牛の買値は80万円程度まで高騰しているので、肥育農家の経営は厳しい。豚の場合は、1頭の売値が3万円から5万円なので、1頭から得られる利益は数千円にすぎない。牛肉、豚肉の輸入関税が引き下げられた場合、日本の生産者が生き残れるかどうかは難しい状況になろう。
齋藤 英雄