シンゴ旅日記インド編(89)我輩は牛でんねん 祭りの巻
我輩は牛でんねん 祭りの巻 (2014年4月記)
もしもし、そこにおるんはギフのおっさんやないですか。
久しぶりでんなあ。
あれっ、何ですか頭を剃って、髭を生やしてもうて。
日本から来た坊さんかと思いましたで。ナンマンダブ、ナンマンダブ。
えっ、あんさん、チェンナイに移ってしもたんですか。
そんで、月に一回はプネに来るけど、アパートを引き払ったんで、ホテルに泊まっておるちゅうんですか。
チェンナイでっか、ホ~ン、そこには我輩の弟がおりますんやで。
えっ、なんで我輩の弟がチェンナイにおるんやってですか。
我輩も弟も、生まれはバンガロールなんですけどね。
我輩らは大東亜戦争が始まって食糧不足を補うための和牛と印牛をコーハイさせるワイン計画で生まれたもんやさかい、えっ、前に教えてあげたんやけど、もう忘れてしもたんですか。
やっぱ、齢でんなあ、気ぃつけなはれや、嫁さんの誕生日とか、結婚記念日覚えてまっか。
ワイン計画ってね、日本とインドの優秀な牛をコーハイさせて、粗食やけど、おいしい乳や肉がぎょうさんできる牛を作ろうっちゅう計画でしたがな。
我輩や弟の場合はコーベ牛のオトンとバンガロール生まれのオカンのコーハイの結果ですわ。
そんで我輩はプネに、弟はチェンナイに送られたちゅうわけですわ。
オトンもオカンも、後に生まれた妹もバンガロールにおりますわ。
弟のおるチェンナイにはバンガロールで生まれた仲間も、そこにようけおるんでっせ。
ヒダの弟のミノも、マツサカの兄のシマもおりまっせ。
ミヤギの弟は、えーと、あれっ、ワテも名前が出てこんようになってもうたは。歳やろか。
まあ、こいつらはコーハイの後輩ちゅうわけですわ。
なんで、インドでワイン計画が行われたか知ってまっか。
ここなら、どんなおいしい肉が出来る牛ができても、インドやったら、それを食べる人がおらんちゅう発想ですわ。
中国でしたら、あきまへんがな、コーハイする前に食べられてしまいますやろ。
それにしても、あのころは日本とインドは仲が良かったんでっせ。
けど、なんで、日本にビーフカレーとか、ポークカレーちゅうて、インド人が聞いたら怒るような料理がでけたんやろか。
まったく、けったいな国でんな、日本は。
そうやったら、カレー・スパゲッティ、カレー・バーガー、カレー茶漬けちゅうもんも、でけてるんとちゃいまっか。
こうなると、日本と世界の国の料理のコーハイでんな。
えっ、日本料理が世界遺産になったんですか。
ビーフ・カレーも世界遺産になるんやろか。
コーハイちゅうたら、オトンの一族のコーベギュウもな、もとは田んぼで仕事しとったタジマギュウと西洋のブラウン・スイス種ちゅう乳や肉がぎょうさん取れる牛とのコーハイやそうですわ。
あれっ、ちゅうことは、我輩にはスイスの牛の血が流れておるちゅうわけですな。
我輩はこれでちょっと仲間に対して鼻が高(たこ)うなりますな。
あんさん、日本では、売られてる牛肉に『和牛』と『国産牛』の表示があるそうですな。
和牛はわかりますが、国産牛ってなんですのん。
えっ、外国から輸入した牛でも、日本で飼育し期間が外国で飼育していた期間よりも長いと国産牛になるんですって。外国におった方が長かったら輸入牛になるんですか。
ホーン、そしたら人間やったら、帰化するようなもんですな。
けど、そうやったら、外国で長いこと飼育されて、日本に輸入された牛と和牛とをコーハイさせてできた牛は和牛なのやろか、国産なのなやろか、それとも外国産なのやろか。
我輩にはようわからんですわ。
えっ、日本の牛肉の生産量を知ってるかってですか。
2010年度の日本の牛肉の生産量は、和牛が155千トンで、
国産牛が202千トンで、国産牛の方が和牛を大きく上回る量が生産されておるんですか。
そして1991年から自由化されている『輸入牛』の輸入量は、国内の生産量(357千トン)を大きく上回る、511千トンやったというんですか。ホーン。
ちゅうことはあんさんは、畜産関係のひとでっか?
えっ、何ですか?チェンナイにおる我輩の弟はどんな奴かってですか。
あんさん、相変わらず、話がつながらん人でんな。
今、牛肉の生産について話しておったばっかやないですか。
弟でっか、牛でっせ。えっ、そうやのうて、どんな性格やってですか。
弟な、なんせチェンナイに行きましたやろ、タミルナドゥ州ですがな。
タミル人ちゅうたら、独立心が強うて、言葉もヒンズー語とまったく違うクルクル文字でっせ。
お尻文字とも言う人がいますけどな。
それにお祭りや儀式の多いタミル人の社会やないですか。
そんで、おとなしい我輩と違うて、弟はお祭り好きで、独立心旺盛な牛になりましたんやで。
えっ、誰がおとなしいってですか。あんさん、結構耳がよろしいおまんな。
そんでね、弟とも時々、テレパシー通信で近況を連絡し合っておりますわ。
そうするとね、なんか偉そうにインドの政治や、経済の話をして来ますわ。
我輩な、あんさんのことも、時々弟に連絡してましたさかい、チェンナイに行かはったことを弟に伝えておきますわ。
我輩らの通信は言葉だけやのうて、映像も送ることが出来るんでっせ。
そやけど、お祭りちゅうたら、日本にはコーハイ、ちゃうコーハク・ソング・バトルちゅうんですか、12月の終わりの日にぎょうさんの歌い手さんが順番に出て来て歌う祭りがありますやろ。
あれで、最後にサブやんが、よう歌ってましたな『まつり』ちゅうやつを。
我輩は、こう見えてもサブやんのファンですねん。
えっ、サブやんやない、サブちゃんですって。
サブやんゆうたら、パチンコのクギシですって、なんですかクギシって。
パチンコちゅう遊ぶ台のピンを調整して玉が穴にはいることを加減する人ですって。
へぇー、パチンコちゅうたらあの昭和の始めに西洋のコリントゲームとかウォールゲームからスタートしてできたギャンブルでんな。
なんかオトンから聞いたことがありますわ。
けど、インドにはそんなんは、おませんで。
えっ、その漫画の原作は牛(ぎゅう)次郎っていうんですか。
なんか我輩らと関係がありそうでんな。
そんで、その牛さんは1986年に臨済宗妙心寺派で出家しはって牛込(うしごめ)覚(かく)心(しん)と名乗り、1989年に自分で設計したお寺を静岡県伊東市に建てられたちゅうんですか。
ホーン、ますますインドに関係が深いひとですなあ。
そんでね、サブやん、ちゃう、サブちゃんが歌うときにな
『ねぶた』ちゅうもんが出てきますやんか。
我輩はそれを最初に聞いたときに『寝豚』かと思いましたわ。
酢豚は知ってましたけどな、ネブタは知りりませんでしたで、
何で祭りに寝てる豚が出るんやろうと思うて不思議でしたわ。
そんでな、弟の祭り好きはオトンの血も引いてるようですわ。
オトンな、葵祭りなんかにも、よう出ておったらしいですよ。
えっ、葵祭りってなんやてですか。
あんさん、葵祭りをご存知ありませんか。
石清水祭、春日祭と共に歴史のある京都の三勅祭(ちょくさい)の一つやおませんか。
勅祭わかりますか?朝廷、つまり天皇さんが音頭を取る祭りでっせ。
そやから、一般の人たちの祭りの祇園祭に対して、葵祭りは賀茂氏と朝廷の行事として行っていたのを貴族たちが見物にいくようになったちゅう由緒ある祭ですのやで。
それに、京都三大祭りの一つですがな。
えっ、京都の三大祭りってなにやってですか。
これまた、難儀やなあ。
そやそや、あんさん、岐阜の生まれでしたさかい、ご存知おませんのやね。
岐阜の祭りについては、あのヒダの奴から聞いたことがありましたわ。
岐阜の三大祭ゆうたら、タカヤーマ祭り、グジョー祭りそしてドーサン祭りやて、これホンマでっか。
ドーサンちゅうたら京都出身のお侍が油売りになって、岐阜に移って、土岐氏滅ぼして、斎藤家をのっとって美濃を押さえたマムシのドーサンのことですやろ。
そんで、話は戻りますけどな、京都の三大祭りゆうたら、5月の葵祭、7月の八坂神社の祇園祭、それに10月の平安神宮で行われる時代祭りですがな。
これもオトンの受け売りですけどな。
葵祭りは、正式には賀茂祭ちゅうてましてな、賀茂(かも)御祖(みおや)神社(下鴨神社)と賀茂別(わけ)雷(いかずち)神社(上賀茂神社)で、本来は陰暦四月の中の酉の日やったけど、今は5月15日に行なわれてますわ。
祭りの行列の人達の冠や牛車や桟敷(さじき)の御簾(みす)をフタバアオイとカツラで作った葵(きっ)桂(けい)で飾ることから『葵祭』と呼ばれるようになったとのことですわ。
これね、葵がメスで、桂がオスやちゅう説もおますんやで。
こんな話があるなんて、昔の人は粋やったんやね。
葵祭りな、さっき言いました三勅祭りの一つの石清水八幡宮の『南祭』に対し『北祭』ともいわれますんやで。
そして、平安時代に祭といえば葵祭り、つまり賀茂祭のことやとオトンが言ってましたで。
あれっ、オトンはそのころ生きておったんやろか。
そんでや、ここからでっせオトンの出番は。
葵祭りでは、御所車(ごしょぐるま)ちゅう、天皇さんのお使いが乗る車を牛に引かせるんですわ。
その牛の役をオトンが何回もやったことがあるんちゅうことですわ。
名誉あることですやろ。
人望、いや牛望がないとできませんのやで。
けど牛(うし)童(わらわ)、車方、大工職などの車役が、牛とともについて行くんでっせ。
でも、その御所車も今は人が乗ることはのうて、行列の飾りもんらしいですわ。
えっ、チェンナイも祭りの多い町みたいやってですか。
そうらしいですな、弟も言ってきてましたわ。
祭りちゅうかお祈りの儀式ばっかやって。
インドの南の方は神さんが多いもんやさかい、しょっちゅう儀式してるそうやおませんか。
一月の収穫祭りに始まって、雨が降れ、いや川が氾濫せんように、稲が育つようにちゅう農業の祭りや、土地を買うた、家や工場の建物を建てた、引越ししたちゅうんで神様にお祓いをしてもらい、病気をした、それが直った、妻が妊娠した、子供がでけた、家族亡くなったちゅうてお祈りをして、それ神様の誕生日や神様が地上に降りてくる日や、使ってる道具に感謝する日や、雨に感謝する日や、ゆうて何でもお祈りですわ。
そりゃ、お寺さんが儲かるはずですわ。
我輩ら牛にも時々出番がありましてな、まあ、花飾りつけて儀式に参加するんですわ。
でもそれは母牛や子牛ばっかりですわ。
我輩らはもうあきませんわ。
齢やよってに。絵になりませんがな。
あかん、時間が来てしもうたわ、これからまた、寄り合いなんですわ。
ほな、チェンナイに行かはったら、弟に会ってやってくださいな。
丹羽慎吾